Books (環境と健康Vol.25
No. 1より)
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入江健二 著 万里子さんの旅−ある帰米二世女性の居場所探し |
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論創社 ¥ 2,400 +税 |
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人は自らの意思で「出生」を選ぶことはできないが、「人生」を選ぶことはできる。したがって、人は自分の生きたあかしとして「自分史」を残すことが多い。本書も、第 2 次世界大戦による数奇な運命を生き延びた、1922 年生まれの在米日系女性の自分史である。しかし本書は、本人自身によるものでなく、著者である第 3 者によって聞き取られた昭和史告発のドキュメントでもある。 本書の著者は、本誌 24 巻 3 号(2011)随筆で紹介された“ロスの赤ひげ先生”こと、入江健二さんである。入江さんは 1981 年に当時ホームレスの海に浮かぶ小島とも呼ばれたロサンゼルス・ダウンタウン、リトル東京で医院を開業し、1987 年から本書の主人公である大石万里子さんのホームドクターを勤めている。本書はその診療時間の間に、彼女の赤裸々な物語に耳を傾け、2001 年から執筆を始め、10 年の歳月をかけて完成したナラティブセラピー(物語療法)の成果であるとともに、過酷な運命を健気にしなやかに生き抜いた主人公への「人間讃歌」でもある。 主人公の万里子さんは、日本人開拓民の子として米国カリフォルニアで出生したが、5 歳で日本の近親に引き取られた後、満州に移住した。敗戦時に北朝鮮収容所の死線を脱し、再び戦後日本に娘共々帰国し、シベリア抑留帰りの夫と共に貧窮に耐えて生活を再建したが、夫の病死によって崩壊した。そこで再び生地のカリフォルニアに戻って、終の棲家を見つけて、「今が一番幸せである」と言う。まさに「人生の勝者」の姿である。 類書には見られない本書の特徴は、「語り手」による物語が、「聞き手」による客観的な時代背景の考証によって裏付けられて、真実味が実感されると同時に、どんな時代の「狂気」も人間の「尊厳」を完全に抹殺することはできないことを示している。かつて日本が侵略した中国、朝鮮はじめ近隣諸国にも、多くの万里子さんのような「物語り」が存在したはずである。本書は「物語り」を記録に残すことの重要性を示している。
山岸秀夫(編集委員)
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