2012.3.1
 
Books (環境と健康Vol.25 No. 1より)

 

佐藤主光・小黒一正 著

震災復興−地震災害に強い社会・経済の構築


(株)日本評論社 ¥ 1,700 +税
2011 年 9 月 20 日発行 ISBN978-4-535-55694-2

 

 

 本書は経済学部と理学部と出身の異なる二人の著者が、2011 年 3 月 11 日の東日本大震災の 5 ヵ月後に共同執筆し、頻度は低いが発生すれば甚大なリスクを生ずる大震災に対する対策をリスク論の立場から提言するものである。序文は、1775 年、マグニチュード 8.5 のリスボン大地震を体験したフランスの思想家、J.J. ルソー(1712−1778)の「最大の災害は自ら招くものである」との言葉で始まっている。

 日常頻発する交通事故や火災などに対しては、相互扶助としての民間の保険が機能している一方、必ず生ずるにもかかわらず地震に対しては天災として諦める人が多く、1966 年に創設された地震保険への加入率が伸び悩んでいた。しかし 1995 年の阪神淡路大震災を契機に急激に加入率が増加し、2005 年末では加入件数が 1,000 万件を突破した。地震保険の特徴は、政府が長期の保険責任を分担する官民一体の制度にある。平均寿命が 50 年の時代では、一般住宅の耐用年数を30 年としても、一生に大地震に出会う確率は低かった。しかし平均寿命80 年の長寿社会では、誰しも大地震への対策は避けて通れない。事実最近入手した高校同窓会誌によれば、茨城県東海村から 20km のひたちなか市に住む友人が民間地震保険に入っていたので、早速 2011 年 4 月上旬に専門担当者が来宅して被害の実態を調査し、建物の基礎土台部分を中心に屋根瓦の被害等を含め180 数万円の保険金が振り込まれ、修理工事も梅雨までに完了したとのことである。

 しかし今回のような大震災に対しては自助努力にも限界があり、公的な援助が欠かせない。しかも元々危機的状態の日本国家の財政の上に上積みされる新たな借金としての復興国債を将来世代に先送りしない経済・社会政策が必要である。本書の前半では、経済復興と被災者支援を両立させるような「税と社会保障の一体改革」としての増税も視野に入れて、大震災に強い社会・経済の構築を模索している。後半では、震災時の復興対策に備える恒久的な緊急事態管理庁の創設を提言している。いずれも現在国会で取り上げられている未解決の諸問題の重要な論点である。その上で震災復興の原則を以下の 8 ヵ条にまとめている。すなわち、(1)対話としての復興政策、(2)復興から新しいビジョンへ、(3)復興庁と「一国多制度」型の地方分権、(4)被災地の構造改革、(5)国家財政悪化への歯止め、(6)税財政改革の実施、(7)土地買い上げなどへの民間資金の活用、(8)安全技術の開発を含めた未来の震災への備えなどである。最後に今後の課題として、保険/ 確率に基づいた都市計画を提案している。本書は今回に限らず今後も予想される大震災に対する、公的援助の可能性と限界を示している。それは市場主義であれ福祉国家であれ、特定の価値観を押し付けることではなく、自らのためにより良い社会・経済を切り開いていく選択の余地を与えておくことであるとして結んでいる。

 1828 年 11 月 12 日の越後三条大地震はマグニチユード 7 で、推定死者 1,600 人、全半壊家屋約 15,000 戸と記録されている。この大震災に遭遇した良寛は、「地震後之誌」と題する漢詩の中で、「人々がとめどなく『ぜいたく』に走ったから災害が生じた。もう少し贅沢の風潮が小さいうちに地震が来てくれれば、人々はこのように苦しまずに済んだであろう。災害を人や神のせいにすべきでない」と述べている。1775 年のリスボン大震災によって、ポルトガルはイギリスやスペインとの覇権争いから脱落した。しかし今もリスボンは大航海時代の歴史の町として健在である。徒に右肩上がりの経済成長に活路を求めるのでなく、相互扶助による持続可能な規模の日本社会の構築によって、リスクを減ずる発想への転換が今こそ求められているのであるまいか。

 

山岸秀夫(編集委員)