2012.3.1
 
Books (環境と健康Vol.25 No. 1より)

 

笹原宏之 著

漢字の現在−リアルな文字生活と日本語


(株)三省堂 ¥ 1,600 +税
2011 年 9 月 10 日発行 ISBN978-4-385-36524-4

 

 

 日本語の漢字は元々中国から伝来した表意文字であり、漢字の音を固有語の訓読みに置き換え、表音文字としてのカタカナ(片仮名)、ひらかな(平仮名)と併用して、単語の意味を強調して表現している。すなわち視覚と聴覚を動員した多用な表現が可能であり、個人の感性の多様さを産んでいる。しかし現在では中国を含めその周辺国では、表意文字としての漢字は廃止の方向に動きつつある。中国では漢字は発音を重視して使用されるようになり、その周辺国では固有の表音文字が使われ、漢字は字音による表音文字として残るのみで、日常生活から失われつつある。

 本書は、文部科学省の常用漢字の制定・改訂にも携わった経験者であるだけに、表意文字と表音文字を併用する表記法のプラス面とマイナス面の指摘には考えさせられるところが多い。特に本誌の編集に当たるものとしては、投稿原稿の文字変換に悩まされることが多いだけに、切実な問題である。

 先ずよく用いられる「宜よろしく」の漢字は「便宜(ギ)」の「ギ」であって、「宣(セン)伝」の「セン」ではない。しかし紛らわしい両者の漢字は音読みしかなく、共に訓読みを与えていない表外訓である。したがって手書きの場合には両者が混同されることが多い。また年齢を数える「歳(サイ)」を才能の「才(サイ)」と区別せずに当てている例も多い。真面目(マジメ)も本来は当て字であるが、多用されているため 2010 年 11 月の「常用漢字表」の付表に採用されたものである。本来日本の料理法としての「空から揚げ」に対して、中国料理から連想される「唐から揚げ」が入れ替わりつつあるのも現実である。表意文字としての漢字も表記法としては時代を反映して変遷しつつある。

 後半では、漢字圏での漢字の現在がとりあげられている。漢字圏で共通に現存する三字音として「不得已」がとりあげられ、日本文では己の意思に反して曲げる場合の決まり文句としての「已や むを得ず」に相当する。原語の「不得意」とは全く意味が異なる。また中国語の「愛人」は配偶者を意味する。同一の漢字も既に国によって意味が異なってきている。本書は漢字や仮名など種々の文字による現在の日本語表記の多様性と裏腹の冗長性を再認識させるものである。

 

山岸秀夫(編集委員)