2012.3.1
 
Editorial (環境と健康Vol.25 No. 1より)


環境と統合医療


今西 二郎*

 

 

 わたしたち医学を専門としている者にとって、環境が、健康に及ぼす影響については、絶えず念頭に置いておかなければならない問題である。今まで、医学の世界では、環境問題といえば、さまざまな“悪い環境”(大気汚染、過剰な音や光、温度、湿度などの物理的刺激(環境)、電磁波、放射線など)が健康を害し、さまざまな病気の要因になっていることを明らかにすることに焦点が合わされてきたし、現在もなおこれらが主要な課題となっている。

 しかしながら、反対に、“よい環境”が、健康に与える影響については、研究の歴史が浅く、数も多くない。最近でこそ、快適な環境づくりのため、病院、診療所、介護施設などのデザインが工夫されるようになり、屋上緑化、壁面緑化なども積極的に行われるようになってきている。おそらく、このようなことが積極的に行われるようになったのは、R. S. Ulrich(1984)による有名な研究結果が報告されてからであろう。すなわち、彼は、自然風景の見える部屋の患者と、レンガ壁の見える部屋の患者の、術後の入院日数や看護ノートの記録、鎮痛剤の投与数を比較し、自然風景が術後の良好な回復に寄与することを示したのである。しかし、残念ながら、その後、これを凌ぐような研究は、ほとんどなされていない。おそらく、研究の進め方の困難さによるのであろうと考えられる。しかし、それにも拘わらず、積極的に緑の自然を施設内に取り込もうとしているのである。これは、検証はされていないものの、このような環境にいるとホッとすることは事実であり、多くの人が実感しているからであろう。

 わたしは、ここ 10 年来、統合医療というものに取り組んできている。統合医療とは、現代西洋医学を中心に、現代西洋医学では力の及ばないところを補完・代替医療(西洋医学以外の医学、治療法で、漢方、鍼灸、ヨーガ、サプリメント、マッサージなどさまざまなものが含まれている)と組み合わせることにより、理想的な医療を実現しようとする試みである。統合医療は、疾患の治療だけでなく、疾患の予防、健康増進・維持・改善をも目的としている。その特徴は、全人的で、しかも生活の質(QOL)や日常生活活動度 Editorial(ADL)に配慮した医療である。そして、このような統合医療を実践している医療機関、介護施設、自治体などが、最近増えてきている。1 つの疾患に対して、西洋医学だけで対応するよりも、補完・代替医療と組み合わせる方が、治療や予防が効率よく行えることが多い。たとえば、がんの統合医療の場合、治療の中心になるのは西洋医学であるが、それに伴う、副作用の軽減、がんに伴うさまざまな症状の軽減、再発の予防、再発に対する不安感の軽減など、さまざまな場面で利用されている。がんだけでなく、生活習慣病やメタボリック症候群、ストレス関連疾患、加齢に伴う疾患、さまざまな慢性疾患などについても、統合医療が行われているのである。

 しかし、わたしたちは、このような現行の統合医療に飽き足らず、もう少し先を見据えた“次世代型統合医療”を構築しようと数年前より、研究会を開いてきた。その結果、次世代型統合医療では、“スピリチュアリティの向上”と“環境”という 2 つのキーワードを取り入れることにした。スピリチュアリティについては、またの機会に述べることとし、なぜ次世代型統合医療では、環境を取り上げたかを説明したい。先ほども述べたように、健康と環境は切り離せない関係にあるが、健康増進、維持のための環境の模索はほとんどなされることはなかった。また、建築や景観デザインの分野でも、環境にやさしい建築物やそれを取り巻く環境については、研究され、構築されているが、積極的に健康増進を図るなどの目的では、ほとんど試みられていないのが現状である。すなわち、肉体的、精神的、さらにスピリチュアルに良好な状態を強化する環境、いいかえれば「癒しの空間」といったようなものを構築することが統合医療では重要なのである。

 このようなことから、わたしたちは、次世代型統合医療では、身体的、精神的健康だけでなく、スピリチュアリティの面に関する健康の維持、改善と、このために積極的に寄与する環境を重視しているのである。すなわち、次世代型統合医療では、健康を保ち、あるいは増進を図り、しかも環境にやさしい空間(eco-health space)を模索していくことを目指している。環境を積極的に取り入れた治療法として、森林療法(森林浴)、海洋療法(タラソセラピー)、スパセラピー(温泉療法)、地形療法、気候療法などが知られている。このうち、わが国でよく行われているのは森林療法である。森林療法は、森林という自然環境を利用した次世代型統合医療の一つと捉えてもよい。

 森林療法では、森林という環境の中で、ウォーキング、各種リラクセーション(瞑想、自律訓練、ヨーガ、アロマセラピー、マッサージ)、食事療法、ハーブ療法、心理カウンセリングなどが行われる。森林療法に適していると思われるのは、スピリチュアルケア、認知症、精神疾患、心身症、生活習慣病(メタボリック症候群を含む)などの治療と予防、リハビリテーション、健康増進・維持などである。実際、森林療法によって、体力増強・維持、肥満治療・予防、血圧・血糖値の正常化、睡眠障害の治療、サーカディアンリズムの維持、ストレス軽減(リラクセーション)、スピリチュアリティの向上などの効果が得られる。このように森林療法は、広範な効果が期待されることから、多くの人々が、対象となる。

 次世代型統合医療は、すでに述べたように環境とスピリチュアリティの向上を重視したものである。森林は、緑の環境に恵まれていることはいうまでもないが、それ以外にも草花、小川や滝などの水環境、小鳥などの小動物などの多様性があり、自然に身近に接するという意味から、まさに次世代型統合医療にうってつけの環境を備えているといえる。また、このような環境の下で、スピリチュアリティの向上を図ることは、大変効率よく効果が得られると期待されるのである。このようなことから、森林療法は、環境を重視し、またスピリチュアリティの向上を意識した次世代型統合医療の一つと考えてもよいのではないだろうか。わたしたちは、実際、森林療法と寺院を利用した統合医療の試みや公園緑地を利用した森林療法を含む統合医療の試みなどを実施してきた。そして、このような環境の中で、スピリチュアリティの向上も図ることができたのである。今後もこのような試みを継続し、データを蓄積して、次世代型統合医療のモデルを確立し、「環境と健康」の関係を追究していきたいと願っている。

 


* 明治国際医療大学教授(総合医療学)、京都府立医科大学名誉教授(免疫・微生物学)