Books (環境と健康Vol.24
No. 3より)
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伊東隆夫 他4 名 著 カラー版 日本有用樹木誌 |
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海青社 ¥3,333+税 |
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わが国は国土の狭いわりに植物の種類が豊富で、樹木の種類は 1,000 種をはるかに超えるが、専門図鑑では植物分類学に基づいた花、葉、実などの特徴が記載されていて、素人には、なかなか野外での同定は困難である。しかし考えてみると、我が国はもともと衣食住を含めて木の文化であって、建築材、家具、織物、工芸品、仏具をはじめ仏像などの各種文化財として、また庭木や果実、生薬成分として、日常生活に溶け込んでいる。本書では代表的な樹木約 100 種を五十音順に取り上げ、普段は目に触れない樹木の断面(材面)のカラー写真から始まり、その名前の由来、その生態と利用例に触れた啓蒙書である。したがって全部を通読するにはきわめて退屈なものであるが、特定の項目を選んで読めば、フジは右巻きであるが、ヤマフジは左巻きであるなど、思いがけない発見があって、楽しいものである。ここで一旦日常生活に戻って、木造住宅の敷居、鴨居、柱、天井、床板、床柱など、周囲を眺めて、本書の材面写真からその材質を同定してみては如何であろうか? その自然の木立とはまた異なった、人間の暮らしに寄り添っている樹木の素顔が見えてくる。私事にわたって恐縮だが、我が家は極めて簡素な木造平屋作りから始まり、子供の成長に合わせて周囲に増築した後、その上に 2 階を積み重ねたモザイク建築である。子供たちの柱の傷も健在であり、マツ、スギ、ケヤキ、ヒノキなどの建材の推移は、我が家の経済状況を反映していて、大変興味深い発見であった。木造住宅には、最近の新建材に見られない味わいがある。 本書の項目の一例として最初に出てくるアカマツを取り上げると、名の由来の考証が面白い。「大和本草」に由来した、久しく寿を「たもつ」木との説、「神がこの木に天降ることをマツ(待つ)」との説、葉が二股に分かれるところから「マタ」の転とする説などが紹介されている。アカマツは山崩れなどで荒れ地になった露地に真っ先に生え、日当たりの良いところにしか育たない陽樹であるので、自然の遷移の過程ではやがて後から生えてくる大樹の陰となって消滅する。したがって明るい松林は常に雑木を切り、下草を刈り、松葉を持ち帰って燃料とするような、人手をマツ(待つ)ており、そこではキノコや花木の自然の恵みも用意されている。かつて京都は周囲が松林に囲まれ、その外側に北山杉のような人工造林があり、恐ろしい動物の住む奥山の自然と接しながら、里山の自然から恵みをもらい、アカマツ林は自然との衝突を防ぐ防波堤となっていた。アカマツ林の存在は自然と共存する都市文化の指標でもあった。しかし生活様式の変化によって、手入れの届かないアカマツ林は現在衰退傾向にある。本書は人間の日常生活に役立ちながら、緑の大地を守り、長年にわたって人と共生してきた樹木を支えた、樹幹の多様でしたたかな木目を身近に感得させる、木材学会の専門家による美しい樹木誌である。 山岸秀夫(編集委員)
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