Books (環境と健康Vol.24
No. 1より)
|
|
日高敏隆 著 僕の生物学講義−人間を知る手がかりの詳細 |
|
(株)昭和堂 \1,800+税 |
|
日高敏隆先生の『ぼくの生物学講義−人間を知る手がかり』という本が出た。日高さんの高弟の今福道夫京大名誉教授と昭和堂の松井久美子さんとが、精華大学で生前に 13 回にわたっておこなわれた講義の録音を編集したものである。「いくぶんかの調整をおこなったが、臨場感が失われないよう、ありのままの表現を極力尊重した」と、今福さんのあとがきにあるだけに、日高さんの肉声を聞くような気分になった。そして、日高さんが講義を終えるたびごとに、「ごくろうさまでした」と学生に挨拶されたのを知って、さすがと思わざるをえなかった。私も 1 章を読み終えるごとに、「ごくろうさま」といわれて、読んだ甲斐があったと思った! 私はたいへん気持ちよく読み終えることができた。まさに「快読」できたといってよい。 内容は動物としてのヒトを解説し、二足歩行、体毛喪失から、女性の乳房、言語、セルフィッシュ・ジーン、社会、結婚、世界観の形成(ものの見方)に至るまでカバーしている。自由奔放な語りはたいへん魅力的である。私は人類学者の端くれであるが、ヒトが高血圧で悩むのは、二足歩行のせいであるというのは初めて聞いた。首の長いキリンはもっとたいへんで、心臓近くの血圧は 380 もあるそうである。ユニークなアイデアである。オーソドックスな人類学教科書には、二足方向のコストとして、胃下垂や痔、椎骨ヘルニアくらいしか記載されていないと思う。「人間を知る手がかり」ということで、アリやハチ、チョウなどの昆虫からイヌ、ネコ、サルやライオン、キリンまでいろいろな動物の話が随所に出てくる。日高さんのなさった実験や実際の観察の経験も随所に紹介されていて、たいへんおもしろい。その上、直立歩行水棲起源説など人類進化論に出てくる仮説はもちろん、ゲーム理論まで紹介されている。 これはスライドなしの講義であったろうということがよくわかる。というのは、図や表がなくてもスイスイ理解できるからである。私は、今やパワーポイントなしには講義や講演ができなくなってしまった。もともと話しべたなのが、スライドが利用できるため、話術を磨く努力をしなくなったためである。しかし、日高さんの話術はすばらしく、これは、落語家の域に達していると思われる。なにももたずに一時間以上も人を厭きさせずに聞かせるのはたいへんなことだ。「チンパンジーやゴリラにシラミがいない」、「雌の選択理論は 40 年前頃に出てきた」といった誤りが数箇所あるが、口を滑らされたのであろう。最後のほうで、「人間は核家族で子供を育てるのではない、多くのオジサンやオバサンたちとのつき合いの中で育ってきたのだ」ということを力説されている。おそらく、現代日本で最も重要なテーマであると考えられたのであろう。私も同感である。講義の終りは、イマジネーションとイリュージョンという、たいへんユニークな二章で締めくくられている。どうユニークかまで書くと、本を買わない人がでてくるだろうから、遠慮しておく。 西田利貞(編集顧問)
|
|
|
|