Books (環境と健康Vol.23
No. 4より)
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赤嶺 淳 著 ナマコを歩く−現場から考える生物多様性と文化多様性 |
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(株)新泉社 \2,600+税 |
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ナマコはウニなどと同じ棘皮動物に属し、日本近海の浅瀬の岩場ではどこでもよく見かけるもので、円筒状の柔らかい体壁にイボがあるがウニのような棘はない。広く温帯から熱帯の海に分布する定着性沿岸生物で、ほぼ 1,200 種知られているが、そのうち食材として利用されているのは 44 種とのことである。日本食で酢の物として食する新鮮ナマコはマナマコであるが、料理の脇役としての珍味である。 ところが驚くべき事に 17 世紀から 300 年に亘って栄えた清朝では、冷凍保存技術の無かった時代に、新鮮ナマコを乾燥した乾ナマコ(キンコ)を食材として利用する食文化を発達させ、宮廷料理として有名な満漢全席の中の一品として爆発的な人気を博するに至った。乾ナマコは中国本土では生産されないが、中国を取り巻く西太平洋では、オーストラリア北部から東南アジア、日本を含む極東の島々(ナマコ海道)で生産されている。しかしこれらナマコの生産地ではその食習慣は無いので、専ら中国大陸に輸出してきた。乾ナマコは陸の民と海の民をつなぐ主要な交易商品であった。実際江戸時代 300 年に亘って幕府は長崎を窓口として、中国産の絹織物や生糸、漢方薬、漢籍などを輸入していたが、その代金として不足しがちな銀・銅に代り乾ナマコ、フカヒレのような俵物を当てていた。2007 年現在の香港市場でも、日本産乾ナマコは良質との評価が高く、取引量は全体の 1 割程度で第 3 位であるが総取引価格の 2/3 を占めて第 1 位で、その存在感を示している。 本書は乾ナマコを主要食材として消費する中国食文化圏とそれを生産・供給する西太平洋漁民との間で過去 400 年に亘って成立してきた経済圏での食文化の多様性の実態を、現場のフィールドワークから明らかにし、グローバルな地球環境主義の下に単一な価値観を強要することに対する疑問を提出している。 先ず序章で、「かけがえのない地球」をスローガンとして 1972 年にストックホルムで開催された国連人間環境会議の誕生と国連環境計画(UNEP)の設置に触れている。1992 年にはその 20 周年を記念してリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議において地球環境主義が頂点に達し、その場において地球温暖化防止と生物多様性の双子の条約が成立した。生物多様性の保全については本誌でも 23 巻 2 号からサロン談義 7 として意見が交わされているが、一般的には地球全体の生物資源の持続的利用のためには、その資源に依存する地域住民の生活が制約を受けても仕方がないといった論理がまかり通っている。UNEP の設置とほぼ同時に成立したワシントン条約は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の取引に関する条約」であって、ナマコもその俎上にある。 現在世界の主要都市には例外なく中華街が存在し、中国料理は人気を集めグローバルな展開を見せている。そこで 1980 年代以降の急速な中国経済の発展を期に乾ナマコに対する需要も増え、東南アジアの貧しい漁民の間で始まったダイナマイト漁がサンゴ礁を荒らすものとして糾弾され、環境保護のメッカとも言われるガラパゴス島にまでナマコ漁が及ぶに至り、生物生態系(環境)の保護や動物愛護思想を誘発する事になった。ダイナマイト漁は肥料である硝酸アンモニウム(硝安)を爆薬として転用する原始的なものであって沿岸資源の枯渇から自然消滅したが、1994 年にガラパゴス地元漁師とエクアドル政府との間に生じた「ナマコ戦争」はあまり知られていないショッキングな事件であった。ここでは生物資源の節約と持続的利用を前提とする「保全」(Conservation)と人間の介在を排除し自然を維持する「保存」(Preservation)が対立している。このことは国際捕鯨取締条約加盟国内での対立にも持ち込まれている。 第 1 部では最初にナマコをめぐる二大事件を現場から取り上げて問題提起をし、第 2 部ではフィリピン南部や日本でのナマコ漁や加工法の多様な実態を取り上げ、第 3 部では乾ナマコを利用した料理の多様性とそのグローバルな展開を紹介し、第 4 部では国家の枠にとらわれない東アジア海域世界の食文化の多様性を論じている。最終章では、生物多様性の危機に臨んで、このような食文化の多様性と生物多様性の保全、すなわち当事者主体の地域環境主義と地球環境主義との間の社会的合意形成が今後の国際社会の課題であると結んでいる。
山岸秀夫(編集委員)
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