2010.9.1
 
Books (環境と健康Vol.23 No. 3より)

 

ヤ島 次郎 (ぬでしまじろう) 著

生命の研究はどこまで自由か−科学者との対話から


(株)岩波書店 ¥2,400+税 
2010 年 2 月 24 日発行 ISBN978-4-00-023690-4

 

 

 17 世紀にR. デカルトが物心二元論の生命観を唱えて以来、西洋では人間の身体も客体として自然科学の対象となり、その結果人体解剖学や生理学が発達し、身体の構造や機能の異常として病気を取り上げ、基礎医学やその応用としての病人を治療する臨床医学が発達してきた。しかし21 世紀に入って、生命科学の急速な発達によって影響された基礎医学は、臓器移植、人工授精や代理出産などの生殖医療、幹細胞による再生医療、遺伝子治療、延命医療などの先端医療技術と向き合う事になった。しかしこれらの先端医療技術が臨床医学に用いられる事になると伝統的東洋思想の身心一如やアリストテレスの身心一元論の生命観に触れることになる。現代臨床医学は「新しい医療倫理」を抜きにしては進められない時代に入ったと言えよう。

 本書は宇宙物理学の池内 了、行動生態学の長谷川真理子、分子生物学の勝木元也、発生工学の田川陽一の 4 人の基礎科学者を選んで、「生命倫理の土台作り」を目的として対話して得たものを著者がまとめて、次回に予定されている「新しい医療倫理」に迫ろうとするものである。ここであえて医学者が選ばれていないのは、生命科学の現実的な応用としての医療にとらわれずに、科学者としての生命観や生命倫理をまとめようとの意図からである。

 4 人の発言はもとより多様であるが、著者は以下のように共通点を抜き出している。

@科学の真価は「知る」ことにあり、有用性とは関係が無い。A科学研究の自由は相互批判の自由であり、憲法の保障する「学問の自由」とは意味が異なる。B未知のものを知ろうとする科学の営みを抑える原理は科学のうちには無い。C産業や医療への「有用性」が科学振興のキーワードになってはいけない。D科学研究の歯止めを宗教に求めるのは不毛である。E医学研究は理念型の生命科学ではなく、全て応用を前提とした技術開発である。そして「生命科学が自然の拘束条件を知ろうとする営みであるのに対し、医学はそれを突破しようとする営みである」と付言している。さらに今後の課題として、「医学の研究は生命と身体をめぐる欲望からどこまで自由になれるか/なるべきか/なってよいか」を提起し、次回に医学者を対話者として選んで、「新しい医療倫理」を考えたいと結んでいる。

 他の地球生物には見られない、この人間特有の医療という文化の倫理を考える事は、単一祖先から出発し、共通祖先から分岐して、多様化した地球生物の一種としてのヒトに突きつけられた大変重い問題である。次回の医学者との対話に期待したい。

山岸秀夫(編集委員)