2010.5.28
 
Books (環境と健康Vol.23 No. 2より)

 

 ピーター・D・ウォード 著(長野 敬、赤松真紀 訳)

地球生命は自滅するのか? ガイア仮説からメデア仮説へ


青土社 ¥2,600+税
2010 年 1 月 19 日発行 ISBN978-4-7917-6520-1

 

 

 原著は 2009 年に発行され、「地球生命は基本的には自己破壊的」との副題が附いている。本書は地球生命と環境を巨大な生命体とみなし自己制御するシステムと考えるガイア仮説に対して、地球生命は無意識のうちに環境条件を変えて自分自身の寿命を縮めるとの極めて刺激的なメデア仮説を提唱している。ガイアはギリシャ神話に出てくる大地の女神であり、メデアはわが子を皆殺しにする母親である。メデア仮説の時間尺度は 35 億年前から 15 億年先までの 50 億年に及ぶ長期的なもので、長くとも過去数万年間のガイア的安定を誤解した地球環境の下で甘ったれて大発展を遂げてきた人類文明に警鐘を鳴らすものである。

 現代の宇宙科学は全ての恒星に寿命のあることを示す。わが太陽系もその例外でなく、寿命は約 100 億年で既に約 45 億年を経過し、55 億年後には惑星状星雲となって残骸が宇宙に散らばる事になる。太陽系の惑星としての地球上に誕生した生命はそのほぼ中年期に繁栄し、宇宙的終末より早くその寿命を終えると考えられる。その間太陽から光や熱として地球に供給されるエネルギーは一方的に増大し続け、大気中の二酸化炭素濃度は温度に依存した大地の風化で減少し、逆に酸素濃度は増大する。しかし約 40 億年前に地殻変動と炭素循環がサーモスタットとしてはたらき平均気温が水の沸点と氷点の間に保たれ、水中で誕生した地球生命は多様化し、その後太陽エネルギーを貯蔵する植物の出現が大気中二酸化炭素濃度の減少を加速したが、引き続く動物界の出現はそれほど大きな歯止めにならなかった。長期的視野で地球環境が一方的に変化する中では、誕生した生命は進化し多様化せずにはおられない。約 5〜15 億年後には大気中二酸化炭素濃度の減少が極限に達して植物が死滅し、続いて動物や細菌も全ての生命が死滅するというのが自然の摂理である。

 短期的に古生代以降に限ると、地球生物の 5 回の大量絶滅が長期的には減少傾向中の大気中二酸化炭素のバブル的増大ピークと一致している。すなわち大気中二酸化炭素濃度が気温を通して地球環境に甚大な影響を持つことが結論される。大量絶滅後に再生した生物圏の生物総量と多様性も減退する。ところが人類の化石燃料の使用による急激な大気中二酸化炭素濃度の増加はこれまでに例を見ないもので、その温室効果が地球上の全ての氷を溶かし陸地を減少させ、地上植物を激減させ、やがては動物種にも及び、さらには生存を賭けた大量破壊兵器の使用などによって自らの存続を短縮する人類の将来を懸念している。ここに他種を顧みず優勢な種が選別される「ダーウィン的進化」のメデア的性格が示されており、人類はその頂点にある。

 本書は科学的根拠に基づいた一種の「栄光ある終末論」ではあるが、自然の摂理に抗した文明の中で、地球生命の延命のため宇宙船による脱出を含め最後まで叡智を尽くす人間に期待を寄せている。人間の文明がこれまで自然破壊を行い、人為的に地球温暖化をもたらしたのは事実である。しかし一旦踏み出した文明化の道を後戻りし、「自然に帰る」環境主義に切り換え、自然の一環としての人間になることは果たして可能であろうか。むしろ地球生命を少しでも長く生かし続けて行く新しい文明のあり方を考えるべき時期に来たのではあるまいか。

山岸秀夫(編集委員)