2009.12.1
 
Books (環境と健康Vol.22 No. 4より)

 

岩槻邦男 著

生物多様性のいまを語る


(株)研成社 ¥ 1,500 +税
2009 年 9 月 25 日発行 ISBN978-4-87639-415-9

 

 

 物理学者のE. シュレーディンガーは、「生命とは何か−物理的に見た生細胞」(翻訳版、岩波書店、1951)を 1944 年に出版した。この書は、第 2 次世界大戦に動員された物理学者の目を生命科学へと向けさせ、生命科学を物質科学として理解する時代へ導いた。やがて DNA 分子を生命の普遍的な司令塔とする分子生物学が華やかに誕生した。しかし多様な生物を記載分類する博物学はそのまま時代から取り残された。

 本書の著者は、この逆境の時代にあって、中生代に恐竜と共に栄えたシダ類を対象とした植物分類学を専攻し、半世紀に亘って大学教育の場で、新時代の分子生物学の成果も取り入れて、生物多様性の研究と教育を貫いた。本書は、兵庫県立人と自然の博物館の現職の館長として、「博物館で生物多様性を考える」と題して行った 10 回の生涯学習セミナーに基づいたものであって、「日本人の伝統的な自然との共生の概念」を発信している。即ち、著者が 1999 年に提起した概念“生命系”、「生命系、生物多様性の新しい考え」(岩波書店、1999)をより具体的に解説している。類似の概念としては、地球環境を包括した“ ガイア”、「ガイア、地球生命への新しい見方」(J. ラブドック、1979)や生命の持つ歴史性への注目を促す“ 生命誌”、「生命科学から生命誌へ」(中村桂子、1991)がある。本誌「環境と健康」を発行している健康財団グループでも、2011 年に「21 世紀の新しい医療パラダイムの提言−ガイア・メディシン“全ての生命(いのち)への愛に基づく医療”」と題する国際フォーラムを企画中である。

 本書は 10 章からなり、7 章までを生物多様性の解説とその現状に割き、8 章以下で「共生する“ 生命系”」が語られている。これまでの著作との重複を避け、“生命系” にスポットを当て、以下に要約を試みる。

(1) 生命の多様性は、30 数億年前の単一の生命の起源(誕生)と共に始まった。

(2) 多細胞生物では有性生殖と共に、劣性変異が保存され、種形成の速度が加速され多様化した

(3) 30 数億年の生物進化の結果、現在認知されている生物種は 150 万である。これはおそらく全体の数パーセントに過ぎない。そこには未知の種の発見への期待がある。

(4) 多細胞生物では、1 つの受精卵から発した多様な細胞が、多くの組織や器官を構成し、一体となって個体を形成するように、地球上の多様な生物種も一体となって“生命系”を形成している。従って、個々の生物種の間に価値の軽重はない。

(5) 人もまた生物多様性の申し子であるので、生存に必要な資源を利用し、他種と共生するのは当然である。従って、科学技術による人のための一方的な過度の自然改造(自然破壊)は許されない。

(6) 人と他種生物が共生するというのは、生物多様性の資源としての持続的利用であり、日本の里山に見られるような 2 次自然の維持であって、原始的自然との単純な共存を意味するものではない。

 なお本書の区切りには、閑話休題としてコラムが挿入されていて、多様性の常識に対する著者の反骨精神の吐露が垣間見られる。

 

山岸秀夫(編集委員)