Books (環境と健康Vol.22
No. 3より)
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高木由臣 著 寿命論−細胞から「生命」を考える |
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日本放送出版協会 ¥ 970 +税 |
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本書は、細胞寿命が個体寿命である単細胞の原生動物(ゾウリムシ)を用いて、著者がライフワークとして取り組んだ研究の集大成として、ヒトを含む哺乳動物まで展開した本格的な寿命論である。まず概念的にそれぞれの種として遺伝的にプログラムされた「プログラム寿命」と突然変異の蓄積による「エラー(老化)寿命」を区別している。ただし生命は情報伝達系遺伝子のネットワークが作るダイナミックシステムであるので、単一無二の寿命遺伝子、つまり不老不死の遺伝子は存在しないと考える。なお個体の寿命を「自己同一性の継続期間」と定義した上で、自然条件下での捕食や災害や病気による死亡を含めたものを「野生寿命」と呼び、栄養や防災や医療によって延長された寿命を「人為寿命」と呼んで区別している。「プログラム寿命」とは「人為寿命」が延長された理想状態である。 多細胞動物では、その細胞の寿命と個体の寿命は区分されるが、原生動物では区分されない。無限に分裂し無性生殖を続ける細菌のような原核生物とは異なり、培養条件下でもヨツヒメゾウリムシの細胞分裂寿命(クローン寿命)は 200 〜 300 回とのことである。ヒト分裂細胞の寿命は 50 〜 60 回とされている。著者らはこのクローン寿命の短縮した突然変異体 jumyo を分離し、その寿命遺伝子の探索を目的として、2002 〜 2004 年に当健康財団グループの公募研究に採択された。ゾウリムシは栄養飢餓に出逢うと無性生殖から有性生殖に切り替えて、個体寿命(クローン寿命)をリセットし、新しい個体の生命を再開することに注目した。その生殖細胞分裂(減数分裂)を誕生させるまでのクローン寿命を未熟期、それ以降の無性生殖の継続をクローン老化として、非分裂細胞の生存限界を含んだ全無性生殖世代をカルチャー寿命としてクローン寿命から区別した。実際ヒトでも個体の寿命に与るのはむしろ心筋細胞、神経細胞、赤血球などの非分裂細胞の生存限界である。原生動物での未熟期は、多細胞動物の発生初期での生殖細胞と体細胞の分化の時期に相当する。著者らは未熟期の延長したゾウリムシの変異体も多数分離したが、いずれもカルチャー寿命は短縮していた。以上の結果から、多くのカルチャー寿命を延長するのに有効な遺伝子の上流に多くの抑制遺伝子がかぶさって長寿化を抑制しているのが正常な姿であるとの結論に到っている。すなわちストレスをかけている状態が野生状態で、長寿に連なるのはストレスの解除であって、ゾウリムシの生殖細胞にとって体細胞の長寿はむしろ抑制すべき浪費としている。 哺乳動物も含めた一般論としては、多細胞生物で大型化した細胞ではエラー頻度が増すので、分裂性の体細胞を使い捨てにして、非分裂性の一倍体生殖細胞を生ずると共に、安全対策として受精によって倍数化し、種としての永続性を保障していることになる。人の長寿は次代の遺伝システムへの経済的、文化的財産の継承という生存戦略の中で生じたということになる。すなわち寿命は無限分裂の抑制系の進化の結果であるとするならば、その老化に伴う遺伝子異常として無限分裂能を持つ暴走系としてのがん細胞の発生も理解しやすくなる。 本書の「寿命論」に続く評者の見解としては、食物連鎖の頂点にある人類の無制限の人口増大の抑制を問題としたい。先進国では急速な少子高齢化が問題になっているが、開発途上国では今なお貧困のため短寿命の生殖世代の交代による爆発的な人口増が続いている。子どもと若者と高齢者が互いに支えあい、長寿者を千年杉の様に敬い、地球上の冨を人類だけが独占することの無いバランスの取れた共生社会の実現を期待したい。
山岸秀夫(編集委員)
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