2009.6.3
 
Books (環境と健康Vol.22 No. 2より)

 

リサ・シークリスト・チウ 著(越智典子 訳)

もしかしたら、遺伝子のせい!?


白楊社 ¥2,800 +税
2009 年 3 月 30 日発行 ISBN978-4-8269-0153-6

 

 

 本書は東京神田の出版社より、本誌編集部宛に初めて直接寄贈されたものである。この Books 欄は Editorial と共にインターネット上に公開されているので、ローカルな本誌も一般科学雑誌として出版界に仲間入りしたと考えれば喜ばしい限りである。献本に謝意を表して、本誌 Books 欄に取り上げる次第である。著者は米国の科学雑誌「Science」などに記事の寄稿を続けているジャーナリストであり、ヒトゲノム概要塩基配列の解読計画終了後の、ポストゲノム時代の成果としての新しい遺伝子観を平易に伝えるのに成功している。すなわち種々の遺伝子疾患を取り上げ、それぞれが与えられた運命であるとの一般認識を変える種々の根拠を示している。ヒトの遺伝子 DNA はほぼ 99.9%まで同じである。換言すれば、他人同士では平均として、塩基対 1200 個につき 1 対の割合で異なっている。この多様性は 1 塩基多型(SNP)と呼ばれ、多様な遺伝的素質を生み出しており、その延長上に種々の遺伝子疾患が位置づけられている。訳者は著者の意を体して、巻末に「遺伝子疾患の相談窓口・患者の会」などを検索できる総合的な日本のサイトを示すと共に、遺伝子用語解説を付している。

 本書は 6 章からなり、種々のヒト遺伝子疾患を(1)先天性代謝異常、(2)優性遺伝病、(3)伴性遺伝病、(4)後天的遺伝子修飾の順に最初の 4 つの章に分けて新知見を取り上げ、残りの 2 章で(5)遺伝的素質と(6)ヒトゲノム成立の歴史を考察している。すなわち第 5 章では、言語遺伝子の同定につながる可能性のある転写因子の発見、エネルギー貯蔵(倹約)遺伝子のほかにエネルギーを熱として消費する(浪費)遺伝子の発見、約 600 万年前に共通祖先から分岐したヒトとチンパンジーに共有される「苦味」感覚の遺伝子が異なる事、筋力増強や瞬発力に貢献するスポーツマン遺伝子の同定、10 歳頃から老化の始まる早老症(ウエルナー症候群)の細胞老化で見られた DNA 二重らせんまき戻し酵素(ヘリカーゼ)の阻害促進とその結果としての染色体短縮など多くの新知見が盛り込まれている。第 6 章ではヒトゲノム DNA 中の半分を占めながら沈黙しているジャンク(がらくた)DNA を民族のルーツや哺乳類の起源の生き証人として取り上げている。すなわち進化の途上で感染を重ねた内在性ウィルス性因子の反復である。現に北欧に多いエイズウィルス(HIV)耐性者もかつて中世ヨーロッパで猛威を振るった黒死病(腺ペスト)や天然痘の生存者の利点と考察し、哺乳類を特徴付ける胎盤の発達も太古のウィルス感染の遺産との大胆な説を紹介している。

 最後にそれぞれ個人が親から受け継いだゲノムは多くの「あそび」を組み込んだ「柔らかな姿」をしており、多くの進化の歴史を刻み込んでいると結んでいる。

 

山岸秀夫(編集委員)