Books (環境と健康Vol.22
No. 2より)
|
|
宇野勝博・菅原邦雄 著 きらめく数学 |
|
プレアデス出版 ¥2,000 +税 |
|
数学は評者にとって最も敬遠すべき学科であったが、本書の題名に惹かれて一読したところ、再読するに至った。本書は高等学校の数学について、読者の文理を問わず、数式を用いずにその思想を物語として説明しようとする大胆な試みである。数学は自然科学の基礎であるが、その数学的事実は、観測可能な自然科学の限界も超えた「人間に始まり、人間に終わる」概念の世界であって、文理融合の哲学とも言える。 本書は、身近に存在する数えられる数(自然数)の平易な説明から始まって、一貫して数に対して「なぜ?」を問いかけ、天才たちのエピソードを豊富に交えて、自然数の無限性、限りなく 0(ゼロ)に近づく無限小数、負(マイナス)の数、これらの整数の比として表せない(割り切れない)無限小数などの観念的な実数を実在的な一次元の数直線(量)として示す。次に二乗して− 1(マイナス 1)となる想像上の数(虚数、i)が導入され、実数とあわせた二次元の複素数平面が登場する。また速さと進んだ距離を実例として、微分、積分の世界を導入する。さらに刺激と感覚との関係に始まって、指数、対数が登場する。ねずみ算のグラフからの指数の説明(自然対数の底、e)は見事である。数学の大発見も一夜にしてならず、対数のような無限小数に対しても、知的好奇心に支えられた膨大な計算の結果であることを示している。続いて、三角比(直角三角形の斜辺と他辺の比)や円周率(π)などの無限小数が、別次元の虚数(i)と三角関数を介して実数として握手する実世界に転換する。また天気予報やテレビの視聴率などを例に確率を概念として説明している。題材を高等学校数学に限定しているせいであろうが、欲を言えば評者にとって苦手ではあったが、美しい図形の行列や行列式にも言及した平易な解説が欲しかった。ベクトルや多元連立方程式の計算に汲々とした学生時代の記憶が生々しい。先日開かれた益川敏英さんのノーベル物理学賞受賞祝賀会の席で配布された受賞対象論文中のクオークの相互作用の叙述には、ふんだんに行列が駆使され、その要素には虚数も三角関数も含まれていた。終章近くでは、アラビア文明に発しルネサンス期に開花した西洋数学に対し、万葉の時代に発し江戸時代に開花した和算の歴史が描かれ、合理的な概念を追求する欲求は古今東西、人類共通の夢であると結論している。 なお本誌のコラムに、19 世紀のフランスの大数学者、ポアンカレの提出した「球面の性質に関するポアンカレ予想」が紹介されていて、2006 年にロシアのペレルマンが 40 歳でこの予想を解いた後、数学のノーベル賞に相当するフィールズ賞を辞退して、突如別世界に失踪中とのことである。このエピソードは先日、2009 年 3 月 9 日の総合テレビ NHK スペシヤル「100 年の難問はなぜ解けたのか、天才数学者謎の失踪の背景は? ポアンカレの予想の魔力、宇宙の形」としても放映された。彼の解法には温度や圧力のような物理量が含まれていたとのことであるが、きっとそれは数学の無限数であって、宇宙の形といえどもその特殊化に過ぎないことを知って落胆したのではなかろうか。本誌 22 巻 1 号 Books「生命とは?物質か!」でも取り上げたが、自然科学は広大な宇宙の中での部分画を対象としてつなぎ足していく有限の世界であり、無限という観測不可能な概念を敬遠する。しかし数学的事実は無限や虚空(一般性)から出発するので、現実の有限(特殊性)はその一面に過ぎないのであろう。 数学は自然科学では観測不可能な宇宙の形にまで触れてみたいとの欲求の学問でもあるので、霊魂(soul)の不滅を信ずる宗教家にも哲学者にも是非一読をお勧めする。
山岸秀夫(編集委員)
|
|
|
|