2009.3.4
 
Books (環境と健康Vol.22 No. 1より)

 

西田利貞 著

新・動物の「食」に学ぶ


京都大学学術出版会 ¥1,800 +税
2008 年 8 月 11 日発行 ISBN978-4-87698-837-2

 

 

 本書は、7 年前に女子栄養大学出版部から発行された同名の著書が絶版となったため、主として後半部を加筆、改訂し新版として新たに出版されたものである。加筆部分が主としてヒトの食行動に関した部分であるだけに、本号 Books 談義 9 コメント 8 に取り上げられているような「チンパンジー用物差し」で見た、現代食生活批判が明確になっている。

 本健康財団グループでは、五感シリーズ(味覚)を取り上げ、「味覚が与えてくれる安らぎの暮らし」(オフィスエム、2007 年)を発行した。そこでは、日本人の基本的味覚として五味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)が取り上げられているが、欧米人では、「うま味」を欠く 4 味とのことである。しかし、40 年にわたる野生チンパンジーの観察の中で、チンパンジーを尾行して、その食するものを全て味見した著者による、8 種類の基本味(苦い、渋い、甘い、酸っぱい、甘酸っぱい、甘渋い、甘苦い、無味)の分類は貴重である。塩味は全くなく、苦いものも少ない。何故なら苦い植物はアルカロイドを含んだ有毒の植物が多く、チンパンジーは出来る限り取らないように淘汰されてきたからである。まさに著者の「命がけの毒見」によって得られたチンパンジーの味覚分類である。約 600 万年前、ヒトはチンパンジーとの共通祖先から分かれて以来、「さらし」の技術や火の使用を始めて、苦味成分を除き、保存に塩分を加えて、食材を調理することにより、基本味として五味(または 4 味)を定着したようである。以上の寸描からも類推されるように、進化の頂点に立つヒトの特徴を最善と考える人間中心主義の所産は本書では一掃されている。

 以下に、各章を概観する。第 1 章は動物の食性を取り上げているが、全て進化の過程での自然選択(淘汰)の結果としての多様化であり、第 2 章では動物に食べられる事によって遺伝子を散布する植物の知恵が記されている。第 3、4 章は、上記寸描と重なるが、甘味の嗜好は熟した果実の摂取(エネルギー源)の結果として選択されたものであり、苦味は、食用ではなく薬用植物の識別として温存されてきた可能性がある。第 5 章では、ヒトの定義としての「肉食するサル」を揺るがせた、チンパンジーの肉食観察が描かれている。第6 章では、霊長類の雑食を取り上げ、その例としてチンパンジーの昆虫食の中に、約 6,000 万年前の霊長類の先祖である食虫目(オオアリクイなど)の名残を見つけている。第 7 章では、ヒトの食行動に触れ、例としてカニを旨いと感じるヒトの味覚もご先祖の昆虫(節足動物)食から引き継いだもので、結果として重要な蛋白源を確保し、生命の流れを継続しているとの見解である。第 8 章では、飽食の現代文明が地球を滅ぼすと警告を発している。

 最後に著者は、食料自給率が 100%だった江戸時代を見本とした、美しい日本への回帰を訴えて結語としている。同時期、同一著者による新刊「チンパンジーの社会」(東方出版、2008 年)の結語でも、ヒトとチンパンジーと森とが共生する生物多様性の保全を訴え、現代文明の崩壊を予知して、警鐘を鳴らしている。当健康財団グループの新プロジェクト「第2 期いのちの科学、共に生きる」や第 3 期京都健康フォーラム「人と食と自然」の中に生かしたいものである。

 

山岸秀夫(編集委員)