2008.12.4
 
Books (環境と健康Vol.21 No. 4より)

 

むの たけじ 著

戦争絶滅へ、人間復活へ− 93 歳・ジャーナリストの発言


岩波新書(新赤版) ¥700 +税
2008 年 7 月 18 日発行 ISBN978-4-00-431140-9

 

 

 本書は、岩波新書の編集者が、20 世紀末に「21 世紀への手紙」と題して企画されたものが種子となって、やっと実現した出版である。著者は1915 年(大正 4 年)生まれの従軍記者で、太平洋戦争終戦の日に、戦争責任を取る形で 30 歳で朝日新聞社を退社したが、「本当の戦争」を伝え直すべく、戦後まもなく週刊新聞「たいまつ」を創刊し、30 年間のジャーナリスト活動を再開した。その休刊後も講演、執筆活動を続け、本年でさらに 30 年が経過した。しかし著者は数年前に胃がんと肺がんの大病を患い、昨年の眼底出血で執筆が困難となったため、本書は語り部として語った一切を聞き手が文字に移したものである。すなわち、本書は編者、著者、聞き手の 3 者の協力ではじめて産声を上げた。期せずして、本誌発行の健康財団グループが企画した「いのちの科学を語る」シリーズと同様なスタイルである。しかも、本誌では 21 巻 1 号より、著者と同世代の岡本道雄元京大総長にお願いして、その貴重な 20 世紀の体験からの発信を「サロン談義 4」として掲載している。20 世紀の末に現役生活を終えた、1934 年生まれの評者にとっても、今世紀は言わばおまけの時代である。しかし、前世紀を生き通した元気な 90 歳代先輩からの証言は、後輩にも改めて大きな活力を与えてくれる。

 著者は、「人類の三大苦は戦争と病気と貧困であるが、戦争さえ止めることが出来れば、後は九割九分まで対策が打てる」と言う。さらに聞き手の「まえがき」が、『本書の「戦争絶滅へ、人間復活へ」のタイトルの「絶滅」と「復活」を入れ替えてみてぞっとした』と追い討ちをかけている。著者の結び書き「世界の約 200 ケ国中のたった 7 ケ国で、既に核爆弾を推計で 3 万発超を保有している。人類の生命は、この先たった数年か数十年で尽きるかもしれないし、700 万年の過去の何倍も生き続けられるかもしれない、その岐路にある」には、重みがある。本書は何よりも歯切れが良い。「あなたの生活のマナイタに本書を載せて、存分に叩いて読んで欲しい」と語り手としての思いを語っている。

 本書は 6 章からなり、1、2 章をジャーナリストとして、戦場の体験者が語らない「本当の戦争」の「狂人性」に割いている。3、4 章で戦後30 年に触れ、「憲法 9 条の二重性、すなわち交戦権を持つ近代国家に対する屈辱的な“死刑判決”と“人類の輝かしい平和への道しるべ”」を指摘している。第5 章を「核兵器のない世界へ」に割き、「戦争をやれぬ、個々の違いを認める社会の構築」を提唱している。最後の第 6 章「絶望の中に希望はある」は本書のハイライトである。本号の Books 談義 9「チンパンジーの社会」で取り上げているように、人類はチンパンジーとの共通祖先から何百万年もの間狩猟採集生活を続け、ほんの 1 万年前から農耕生活を始めた。そこで富の蓄積を求めて、戦争が始まり、男性が支配者として権力を握り、それまでの母系社会が崩れてしまった。ここで『無限の発展を期する「男天下」から、母親のまなざしで見つめなおす「女中心」のスローペースの社会への復帰』を提唱している。また著者は、昨年起きた父親惨殺という孤立社会の悲惨なマイナス面だけに絶望するのでなく、戦後 60 年、戦後 3 代目の若者達の間に芽生えてきている、「戦争を否定して、世界中の人々が力を合わせて仲良く生きよう」との「新しい日本人」の出現に希望を託している。

 

山岸秀夫(編集委員)