2008.12.4
 
Books (環境と健康Vol.21 No. 3より)

 

ミルドレッド・ブラクスター 著(渡辺義嗣 監訳)

健康とは何か−新しい健康観を求めて


共立出版 ¥2,700 +税
2008 年 3 月 1 日発行 ISBN978-4-320-06161-3

 

 

 著者は英国ブリストル大学社会医学科の客員教授で、原著書名は Health(2004)であるが、本訳書は監訳者を中心とした薬学関係者の研究会活動の一環として生まれたものである。本誌は、「環境と健康」を標題としているので、改めて本書の題名キーワードである「健康」に惹かれて手にした。

 本書はまず健康の定義から始まり、「健康とは疾患または病気の欠如」といった静的な「医学モデル」でなく、今もなお変化している積極的な動的概念とする。続く第 2 章では、早速「疾病の概念でさえ人類の発明である」との叙述に驚かされ、開眼される。すなわち、自然界には病気も疾患も存在しない。人間は、その人間中心的な利己心から、限られた数の生物種(人間、ペット、家畜、栽培植物など)の死を惹き起こす自然の状況を「病気」や「疾患」とみなす事にしたのである。従って、当然、標準(正常)からの逸脱としての「疾病」の概念が問題となる。第 3 章では、健康概念を通俗的な「病気でないこととしての健康」から始まり、専門的なものへと概観している。第 4 章では、健康を守る行動が取り上げられ、身体との関りとして、「私は身体を持つのか、それとも私は身体であるのか」との深刻な問題を、近代西洋医学に問いかけている。これは健康の商品化とも関る事である。第 5 章では、健康と社会システムとの関係が論じられている。

 本書のハイライトは最終章で、「健康概念は現代社会において何処へ行くのか」に凝縮されている。新しい科学技術は、(1)病気であることと病気でないことの境界の変化、(2)生と死の境界の変化、(3)自己と非自己の境界の変化をもたらし、「ヴァーチャル手術」に代表されるような情報革命は、(4)患者と医師の定義の変化さえもたらそうとしている。さらに、このコンピュータ化された画像と記号の新しい時代を、高度(後期)近代世界と呼び、「伝統の終わり」として特徴付けている。これまでの疾患リスクは社会疫学の基本概念であったが、高度近代社会では、リスクをも測定可能で制御可能とみなし、「回避可能な死」という表現に要約されるに至った。また著者は、新しく登場した「進化医学」に対しても、「自然淘汰は健康ではなく、生殖能力を好む」との進化の観点が単純な遺伝子治療と結びつく危険性を指摘している。すなわち、全人的医療は社会的共生として個人を対象としたが、遺伝子治療では、身体が最小の構成要素へと細分され、個人の遺伝的独自性が強調されるのである。本誌前号Books「格差社会の構造」の中で、「多国籍種苗企業のバイオテクノロジー」の実態を知り、遺伝子力にかけた夢が砕け散ったが、ここでも再度砕けようとしている。

 結論として、本誌表題のキーワードでもある「健康」は、歴史的、文化的にも変化し、それに対する唯一つの定義は存在しないことだけは確かなようである。

 

山岸秀夫(編集委員)