Books (環境と健康Vol.21
No. 2より)
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池田光穂・奥野克己 共編著 医療人類学のレッスン−病をめぐる文化を探る |
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学陽書房 ¥2,100 +税 |
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評者にとって「医療人類学」という言葉は初耳だったので、早速手にとって見た。初物食いで一気に読み通したが、「それは生物進化の過程で、他の動物と共通する生物学上の性質をベースとして作り出した文明として、人間の医療行動を扱うもの」であり、その医療行動は決して他の動物が実践することの無いユニークなものといえよう。しかもヒトは寒帯から熱帯までのあらゆる多様な環境下で生存する唯一の種である。「あとがき」まで来て、本書が2006 年1月に大阪大学で開かれたワークショップ「福祉・看護・医療における人文・社会科学の挑戦」に参加した医療人類学者・文化人類学者たちの分担執筆による「医療人類学」を知るための“救急箱”として書かれた教科書であることをはじめて知った。本書は11 のレッスンからなるが、あたかも一人の著者が執筆したかのような共通した人間観で編集され、一貫して文化人類学からの医療への接近が試みられている。 常識的には、病気とは健康な状態を崩す生物学的現象と考えられているが、それは本来個別的で他人には見えない体験であり、見える症状から(生死の判定も含めて)診断によって特定される。すなわち医療診断とは、見えないものを診る技術である。人間の経験する病気の全貌を理解するために、医療人類学者ヤングの提唱する三つの区分、<病い(illness)>、<疾病(disease)>、<病気(sickness)>が紹介されている。すなわち、病者が経験する<病い>と生物学的実体としての<疾病>とは必ずしも一致しない。近代医療は、普遍的な<疾病>を扱い、治療(curing)に専念してきたが、<病い>の自覚があっても<疾病>とは認めてもらえない場合や、<病い>の自覚が無いのに特定の<疾病>として<病気>とされることがある。医療人類学は、<病い>に対する「癒し(healing)」を含む、広い意味での病気(<病い>+<疾病>)に対する人間の医療行動を扱うものである。このように定義されると、評者にとっては「医療人類学」は全人的医療を目指す「心身医学」や「心療内科」と重なって見えてくる。 評者にとって興味深く感じられたのは、古代エジプト医学と古代ギリシャ医学の病因論の比較である。前者が<痛い>に対して特定の悪魔が患者の体内に入り込んでいると考えたのに対し、後者は身体を構成する四つの体液のバランスの崩れとして<疾病>が起こるとした。前者は「何故(why)」を問い、後者は「どのように(How)」を考える。レッスン3 〜5 では、<病い>に対する治療としての呪術やシャーマニズムを含む各種民族医学・医療が取り上げられている。そこでの病気は、当然個人の体験にとどまらず社会的な特性を帯びてくる。しかも呪術は未開社会に限られたものではなく、近代社会での「冨民にとっての株式」や「貧民にとっての宝くじ」も確率の呪術であり、そのプラセボ効果の指摘は辛らつである。1980 年代に発する「癒し」の原型は「共同体から孤立して身心不調に陥った人を寸劇や漫才を通じて人々のネットワークへ迎え入れる」スリランカの悪魔祓いに見られるとのことである。これもまさに「全人的医療」の原型と言えるのではないか。 レッスン6 〜8 では、グローバル化した近代医療が取り上げられ、そのきっかけとして植民地経営と一神教の布教のための帝国医療について再考している。近代臨床医学も公衆衛生学も個と集団の違いはあっても、すべての人間を解剖学的に同一の身体を持った人間とみなしている。人道主義の中心原理として一神教を掲げる宣教医学では、呪術師の医療行為を認めないが、現地での<病い>にも対応できない。しかも死体解剖に発する普遍的身体構造情報に基づく近代医療は、いまや普遍情報として分子生物学的DNA 情報に置き換えられつつある。各種NGO による短期滞在型の医師団派遣よりも、むしろ近代医学を取り入れようとしている現地民族医学者の役割を評価している。 レッスン9 〜1 では社会医学を取り上げている。本来人間というのは常に誰かを支え、誰かに支えられながら成長し、生きている人間である。すなわち全ての人間が「4 時間要介護」であるので、「老人問題」は「老人に対するイメージや固定概念」に起因することが多いとの指摘は厳しい。また精神医学に対しても、「あなたの心の問題は決して一人だけのものではない。他人の心の問題もまた社会という窓を通してあなたと繋がっている」と答える。ノスタルジーはギリシャ語の帰郷(ノストス)と苦病(アルギア)の合成語で、当時病気として扱われたが、いまや都市化の進展とともに、「新たな環境への不適応」として日常化し、脱医療化した。最後に、全ての人々に関心のある質問、「何故ある人や集団が病気にかかり、他者はそうでないのか」に答えようとして、未来が永遠に続く限り行われる対話の中に求めている。評者はあえて、「自らの身体の声に耳を傾けること」で応えたい。 山岸秀夫(編集委員)
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