Books (環境と健康Vol.21
No. 2より)
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慶応義塾大学教養研究センター 編 生命を見る・観る・診る−生命の教養学 III |
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(株)慶應義塾大学出版会 ¥ 2,400 +税 |
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評者は本書の題名「生命を見る・観る・診る」に目を惹かれて手にした。何故なら、評者らの主催した「京都健康フォーラム2007」五感シリーズ第4 回(視覚)のタイトル「みるー見る・観る・視る・診る」と一見よく似ていたからである。本書は、2006 年度に慶応大学で、「生命の教養学」と題して開講された13 回の講義をベースにしたもので、生命誌研究館長、中村桂子さんの「“生きている”を見つめ、“生きる”を考えるー生命誌の視点から」から始まる。この題の前半に「生命を見る」(眼でみる)を、その後半に「生命を観る」(脳でみる)を対応させてみた。この中で、著者は一貫して(解剖学とゲノム学に基づく)生命の普遍性と、それを演出して見せてくれている自然界のいのちの多様性を強調し、単なる自然界の観察、記載としての博物学でない、物語としての「生命誌」を提唱している。 しかし続章では、一転して、「見る」ことの哲学的考察が始まり、「悟る」、すなわち直観による認識、理性と感性の統合、科学的観察の相対性が論じられていて、いきなり別世界に投げ込まれる。これは私どもの主催したフォーラムのタイトル「観る」に対応するもので、武道家による「観の眼と見の眼」、すなわち「見えない相手の気持ち“気”の動きを観る」と解釈した。続く二つの章では、「眼で見る」機構の最近の研究が紹介されていて、3 原色視覚動物としての哺乳類と4 原色の昆虫の世界を比較して、その普遍性と多様性が論じられている。私どものフォーラムでは、植物と昆虫との共進化として紫外線を認識する昆虫を取り上げた。続く五つの章は、「脳でみる」世界で、それぞれ、錯視デザイン、大脳視覚野の役割、典型水生動物を展示する水族館、回転する卵の考察、解剖学の歴史などが取り上げられている。最後の三つの章は、「生命を診る」に対応するもので、それぞれ、いのちを共有する移植医療、自殺対策としての新しいコミュニティつくり、英文学にみられる「見る」(sight)と「視る」(洞察、vision)のつながりとしての「生きること」が紹介されている。 評者が最初にタイトルから感じた本書への親近感が、読後、何か一種の違和感となり、不協和音を発していた。私どものフォーラムで提起した五感としての「みる」(視覚)はやはり、“京都発”のローカル情報なのかもしれない。本書の最終章で紹介された「視る」は、私どものフォーラムでは京菓子の色彩感覚や生活感覚として提起された。本号のBooks 「医療人類学のレッスン」でも触れているが、私どもは、「診る」を「見える症状から見えない病気を診断によって特定する技術」として捉え、本フォーラムでは、あえて、「疾病」に対する「治療」でなく、「病」に対する「癒し」として、多彩な色調や微妙な陰影の変化としての癒しの空間を演出した。 期せずして、ほぼ同時期に、普遍的な「みる」に対する多様な感覚「みる」の異なった視点を本書から得た。私どものフォーラムの成果である近刊の五感シリーズ第4 集(視覚)も、そのレッスン材料として加えて頂き、今後のグローバルな情報社会の中での「いのちを見る」努力を読者に委ねたい。
山岸秀夫(編集委員)
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