2008.3.1
 
Books (環境と健康Vol.21 No. 1より)

 

尾池和夫 著

俳景3


宝塚出版 ¥1,500 +税
2007 年 12 月 22 日発行 ISBN978-4-434-11437-3

 

 

 新春の初便りとして、著者から本書が献本された。早速開いてみると、最近訪れた「琵琶湖博物館」への道案内から始まっていたので、すぐにとりこになった。昨年10 月に「琵琶湖博物館」と本誌発行母体である財団との共催で、当地で開かれた市民公開講座「山・川・海をつなぐ水といのちの物語」の記録が、本誌本号の特集として取り上げられている。本書は、俳人としての著者が毎月、俳句同人誌「氷室」に掲載されたエッセイ集、「俳景」の第 3 集であり、2000 年11 月2007 年12 月の6 年間、57 回分から編集されたものである。しかし、その大半は2004 年4 月に始まった、国立大学法人化問題を抱えた京大総長としての激務と重なっている。

 最初に、琵琶湖の玄関としての烏丸半島(博物館のある滋賀県草津市の湖岸)から、比叡、比良の山並みを眺め、その活断層運動によってでき上がった山向こうの京都盆地と手前の近江盆地に思いを馳せている。俳人としての感性と地震学者としての理性で書かれたエッセイが連歌形式で連なり、各文節に見合った俳句が各所に挿入されているので、読者を飽きさせない。人類は500 万年ほど前にチンパンジーとの共通祖先から分かれて、独自の進化の道を歩み始めた。日本列島も2,600 万年ほど前にユーラシア大陸の東端に島弧を形成し、独自の地層を刻み始めた。それぞれの人間に固有の体質があるように、日本列島にも固有の地層(地質)がある。本書の流れは、地震学者と俳人の二つの目で見た、いわば日本列島の健康診断である。

 その結果は、四つの地殻プレートの境界に位置しているので、その押し合いによって常に地震を生じ、活断層を生み出しているとのレッドマークである。その詳細は、同時に献本された「新版活動期に入った地震列島」(岩波書店、2007 年12 月発行)に解説されている。日本国中どこでいつ地震が起こっても不思議でないが、そのリスクの反面、活断層帯から流れ出るおいしい水に潤され、四季に富む盆地が多数成立し、その恩恵で独特の文化を生み出してきた。著者は、これを「変動帯の文化」と呼ぶ。先進国で、サルがいるのは日本だけであり、大地震や火山噴火で国土が形成されたのも日本だけである。霊長類学も地震学も日本で生まれた学問分野である。日本列島は健康診断に例えるならば、いつ発病(大地震発生)してもおかしくない状態であるが、いったん発病したときの対処(耐震対策)の重要性を随所で強調している。天気の予知に、天気情報と天気予報があり、気象庁が担当しているように、地震情報と直前地震予報を統括する地震庁設置の必要性を説いている。

 著者は、かって急性心筋梗塞に襲われたときの体験を、著書「急性心筋梗塞からの生還」(宝塚出版、2000 年)に記し、その直前予兆と緊急対処の重要性を示している。「病気になる」のも悪いことだけではない。健康なときに感じられなかった、助け合う人々の心の優しさを実感するものである。自らの発病を地殻変動に例え、冷静に見つめることの出来る地震学者としての面目躍如たるものが感じられる。変動帯文化は当然美しい変化に富む四季の文化である。ここに来て、活断層帯の調査のため各地を旅する地震学者と季語を要とする俳人との両立がやっと納得できるようになった。本書は、俳人による「変動帯文化」の歳時記であり、安定大地に育った「大陸文化」との違いを再認識させるものである。

 

山岸秀夫(編集委員)