Books (環境と健康Vol.21
No. 1より)
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桜井芳雄 他 著 ブレイン.マシン・インタフェース最前線. |
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(株)工業調査会 ¥ 2,200 +税 |
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本書は医工学、医生物学の研究者や学生に、現在研究発展途上にあるテーマ、「ブレイン.マシン・インタフェース」を概説することを目的としたもので、文中の難解な専門用語が本誌の一般読者には敬遠されると思う。しかし本書の筆頭著者が京大文学部心理学教室で、「こころを生み出す脳の実験心理学的解明」を志して以後、数々の医系研究室を遍歴して、再び元の母校文学研究科心理学教室に教授として復帰された経歴からも想像されるように、文系の心理学と理系の神経科学の融合(文理融合)による「こころへのアプローチ」の情熱を感じ取ることができる。本書の全5 章中第2、3 章では、ロボット工学、情報工学、生体工学の専門家の協力を得ながらも、期待に違わず、筆頭著者が全章を統一して執筆している。 第1 章は、「ブレイン.マシン・インタフェース(BMI)」の解説で、「脳でロボットを操作するシステム」であり、目標とするところは、「脳が機械を操作し、機械も脳を操作していく相互作用のシステム」とのことである。このように要約すると、極めて冷たい機械の印象をもたれるであろうが、その先には、リハビリテイション医学の進歩による身体障害者の支援と高齢化社会への貢献という暖かい思いやりがみられる。 BMI には感覚入力型と運動出力型の他に、その両方を統合した直接操作型がある。BMI には、実際の脳内の情報をどのように検出するかの要素技術が必要であり、その解説に、第2、3 章が当てられており、最も専門性が要求されるところである。情報としては、侵襲的に神経細胞(ニューロン)集団の近傍に電極を置いて、活動電位(神経信号)を直接検出する電極法と非侵襲的(間接的)に得られる画像を解読するイメージング法とがある。後者には、血流中の還元ヘモグロビンの変化から推定する「機能的磁気共鳴画像(fMRI)」、一過性の局所的血流量の変化を検出する近赤外分光法(NIRS)や脳波(EEG)などがある。 日進月歩の脳神経科学の圧巻は第4 章で、これまでの教科書的知識を一変する数々の新知見がBMI 研究の中で語られている。これまで神経細胞間の一方向的伝達は軸索末端と樹状突起の接点(シナプス)での化学物質受容体の存在によって説明されていたが、同一軸索末端から異なる伝達物質が放出されること、化学的伝達以外に直接のギャップ結合による電気的接合も見られるというのは、大変な驚きであった。もはや単一の神経細胞は信号伝達の素子とは言えず、人間の脳は14 億(1011)の神経細胞がそれぞれ1 万(104)のシナプスを持ち、その積として14 兆(1015)近い接続をもつ回路網として存在し、神経細胞は集団で協調して働くといえよう。本書では、このような機能的な神経細胞集団が脳の情報表現の単位(セル・アセンブリ)であるとの半世紀前の心理学者、D. ヘッブ博士の仮説を支持するデータを提示している。その上、「経験による回路網の整備」、「神経細胞の新生と学習」、「神経細胞の再生と回路網の変化」、「脳の機能地図の個別性」、「脳の修復と復元機能」など新知見の連続である。 第5 章では、今後の課題と展望が述べられているが、中でも「植物状態の患者の脳にも呼びかけに反応する脳活動がfMRI 画像で検出される可能性、その信号をロボットに表現させて意識回復状況をBMI で再現する可能性」には夢がある。身心一如と考えれば、心機能が脳機能と相関している例であろうか。しかしこれは今後の脳死判定基準に重要な一石を投じるものでもあろう。 それにしても一時は「脳の世紀」とまで騒がれたにもかかわらず、脳科学研究費の減少しつつある現実を知り、長期展望に欠け、成果主義に踊らされる科学行政の姿に再考を促したい。
山岸秀夫(編集委員)
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