Books (環境と健康Vol.20
No. 4より)
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西田利貞 著 人間性はどこから来たか−サル学からのアプローチ |
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京都大学学術出版会(学術選書026)¥1,800 +税 |
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本書は著者の講義ノートに基づく、8 年前の同名著書の改訂版で、「学術選書」としての再刊であるが、工夫されて大変読み易くなっている。「朝令暮改」に近い科学情報の氾濫する中で、「現時点で、書き直さなければならなくなったことはほとんどない」との選書版序文に、却って内容への信頼感が高められる。実は3 年前に、当健康財団グループの健康指標プロジェクト例会で、「人類の起源」のテーマで、本書と同名の演題で著者に講演して頂き、本誌18 巻3 号(2005)にその内容を掲載している。私事にわたるが、分子生物学分野では、ほんの5 年前に発行したテキストでも、重版のたびに内容の訂正、追加を余儀なくされている。 著者は、ほぼ40 年以上にわたる、タンザニア西部マハレでの野生チンパンジーと現地人の観察から、生命の起源に近い時代の遺産、爬虫類との共通遺産、類人猿時代の共通遺産を含めて、第3 のチンパンジーとしてのヒトの共通祖先の狩猟採集時代を復元し、人間性の由来を考えている。地球生命誕生以来36 億年の歴史の中で、5〜4 億年前の脊椎動物の誕生、1 億年前の哺乳類の誕生、7,000 〜 5,000 万年前の原始霊長類の誕生、3,600 万年前の真猿類の誕生、500 万年前のチンパンジー属とヒトの祖先の分岐、300 万年前のアウストラピテクス(猿人)の分岐、160 万年前の直立原人の分岐、60 万年前の旧人(ネアンデルタール人)の分岐、20 万年前の新人(現代型人類)の誕生と数えてくると、農耕を始めてからのこの1 万年の期間は、ほんの僅かなものである。農耕以前の20 倍もの長い期間、ヒトはチンパンジーと同じく、狩猟採集に適応して生活してきたのである。 本書は、狩猟採集民から現生人類に伝えられた遺産を、チンパンジーとの共通性の中に求めているところに特色がある。ヒトが類人猿から分岐した頃には、類人猿は森からサバンナまでさまざまな環境に住み、繁栄していた。ヒトの共通祖先は、閉ざされた熱帯雨林ではなく、潅木サバンナによって区切られ断片化した森林にいたようである。二足歩行は採食地から採食地へ果実を求めて長距離移動する必要から起こったと考える。その過程で、ヤムイモのような多量の植物の地下資源に気付き、採取するための道具を発見するに至る。ちなみに、チンパンジーはヤムイモの種子や葉は食べてもイモは食べないとのことである。直立原人の段階で、人類は大きな変貌を遂げ、脳容量増大の道を歩む。サバンナでの初期人類は、チンパンジー的な複雄複雌集団と、そのサブグループとしての一夫多妻という重層社会を形成していたとの仮説を著者は提出している。雄は狩猟をして、保護者として雌に雇われ、雌は採食と料理に専念し、火の使用を始めたため食材の巾が拡がった。しかし人口の規模は自然資源に制約され、エルトンの食物連鎖のピラミッド型で、自然資源の豊かな時には多く食べて貯え、乏しい時には飢餓に耐えた倹約遺伝子が、現代飽食の時代では、肥満遺伝子として負の遺産となっている。 狩猟採集や初期焼畑農耕なら生活は持続可能であるが、近代的農工業では、やがて石油という地下資源を食いつくして、生活は崩壊する。ひたすら右肩上がりの経済成長によって人口増大をもたらす進歩の思想が、エルトンのピラミッドから人類を抜け出させ、人口過剰の結果としての自然破壊と陣取り合戦としての戦争を常在化させている。終わりに著者は「人間は文化の産物であり、教育によってどのようにでも変えられる」との教育万能主義に異議を唱え、狩猟採集民時代からの正の遺産として、「コンクリートジャングルに住む子ども達を、幼児の時から山野に連れていき、そこが人にとっての環境であることを体験させることである」と結んでいる。期せずして、当財団グループが企画・編集している「いのちの科学を語るシリーズ」の趣旨を代弁している。半ば常識化された進歩思想に一石を投じ、持続可能な文明社会の構築を再考させる好著である。
山岸秀夫(編集委員)
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