2007.6.13
 
Books (環境と健康Vol.20 No. 2より)

小川洋子、岡部恒治、菅原邦雄、宇野勝博 著

博士がくれた贈り物


東京図書 ¥1,500+税
2006年12月25日発行 ISBN978-4-489-00750-7 C0041

 

 

 本書は、小説「博士の愛した数式」(新潮社、2005)の著者、小川洋子さんを3人の数学者が囲んで談義した内容を再現したものである。その座談会を収録したDVDも作成されている。したがって、本誌の紙上Books談義とは異なる、本格的なBook談義である。

 まえがきで、「数学は純真な小学校低学年ではむしろ好きな科目に入っており、数や図形に対する好奇心は本能的なものである」として、読者を数学にひきつけた後、談義を13のトピックスに分けて整理し、その随所に言葉で表される文学と数で表現される数学の接点が示されている。例えば、「理系と文系はあんがい似た者同士」のところでの「本当の真実というのは目に見えない世界にある」との発言、「数と言葉はやはり違うもの」のところでは「(数学には)人間じゃない何者かがつくった美しさ」があり、「(文学作品には)人間の手が生み出す美しさ」があるとの発言に惹かれるものがある。各トピックスの間には、22の「数学ノート」がちりばめられ、より深い理解を求める読者に具体例を提供している。あとがきでは、数学の世界に対して、小川さんから「目先の利益から遠く離れて、ただ、精神の喜びのためだけに何かに没頭できるということは、最も人間として誇らしい行為である」との発言を引き出している。

 哺乳類はもともと夜行性で、その主要な環境センサーは聴覚と嗅覚であったが、数千万年前に人間の共通祖先である旧世界ザルが色覚を獲得して、嗅覚に代わって視覚を鋭敏なセンサーとした。ところで、本号Books(p.280)に紹介している正高信男氏の著作によると、「数学的思考は視覚的情報処理」であり、「言語的思考は聴覚的情報処理」である。また本書の「数学ノート03」に「数学の真理には賞味期限はありません」とあるが、自然科学の定説(理系的真実)は常に新発見によって書き換えられ、小説など文学作品の世界(文系的真実)も人間の営みによって日々更新されている。

 してみると、数学的思考とは理系でもない、文系でもない、全く別の思考のように思える。ゼロを発見したヒンドゥー教の世界には、踊りに対象性があり、音楽には数学的リズムがあると言われる。しかもその数学的リズムは言語にも変換可能とのことである。そうすると、たとえアプローチは違っても、結局五感を通して認識する情報処理として、普遍的な真実というものが認識されるのかもしれない。無限小とか無限大とか、果てしなく広がる宇宙世界の味わいは、数学にも、良寛の詩歌にも、アインシュタインの理論にも共通に存在するものであろうか?

 

山岸秀夫(編集委員)