Books (環境と健康Vol.19
No. 2より)
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九馬一剛 著 |
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京都大学学術出版会 ¥1,500+税 |
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本書は京都大学学術出版会の新企画シリーズの学術選書第1号である。生命を育む「土」のことを土地や素材から区別する時「土壌」という。中国漢代の「説文解字」を引用した最初のこの解説は、その後の本書の展開を暗示するかのようである。「説文解字」はかって本誌Topics(17巻3〜37ページ、2004)で小南一郎教授が取り上げている。最近の中国の解釈では「土」の二本の横棒は「地の上(表土層)、地の中(低土層)」を表し、縦棒は地中から地上へと伸びる植物を示すとのことである。ここでは万物を自ずから生育せしめる「土」に対して、人が耕して作物を植えるところのものを「壌」とされている。本書では両者を特に区別せず、どちらも自然の土と農耕地の土の全体を指すものとして使っている。 植物を育てる良い土には一見矛盾した透水(水はけ)と保水の両機能を持つ団粒構造の形成が要求されるが、その説明に私の学生時代に進化論の講義で聞いた、ミミズが土を耕すとのC.ダーウィン(The formation of vegetable mould through the action of worms, London, 1881)の話しが取り上げられていて懐かしく思い出して良く分かった。「土を知る」ために母岩から自然の土壌がどのようにして形成されるかを示し、土の中で生きる微生物の働きや畑作、稲作に携わるヒトの生産活動を「土を守る」という観点から見直し、人為的土壌浸食と砂漠化に対して、地球環境問題として「土を育てる」必要性を説いている。 地球上での土壌の生成の端緒は、4億年前、石炭紀の羊歯植物の上陸とのことで、以来大気圏、水圏、岩石圏の接するところで生物と共役することによって、円滑な物質の循環を土が司ってきた。その自然の物質循環のサイクルを狂わせたのは、人間の生産活動であったことは間違い無い。農林産業を単に一時的利潤追求の対象とするのでなく、人類のエネルギーを確保し、その生活する地球環境を守る持続可能な産業として見直すことが現在求められている。アメリカでは新しい農業への試みとして「低投入持続的農業」への指向が芽生えているとのことである。日本の稲作を主体とした「里山」の景観保護の見直しも同一線上のものと考えて良い。そのためには生産力だけでなく環境保全力をも加えた総合評価が政策に求められている。 最終章では、「全ての人間がそこから生まれ出て還り行くべき土」に対する畏敬の念を持って「人間にとって土とは何か」を論じ、徳富蘆花の「われらは畢竟土の化け物である」との言を引用して、締めくくっている。21世紀の自然と人の関わりについて、普段あまり深く考えない土を通して、深く考えさせられる名著である。 山岸秀夫(編集委員)
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