2004.4.1

 

藤竹 信英

(編集:菅原 努)

 

24.壬生狂言

 


 京都市中京区の壬生寺に伝わる念仏狂言は壬生大念仏、融通大念仏ともいわれている。4月21日から29日までの9日間行われ、国の重要無形民俗文化財の指定を受けている。狂言を演ずるのは境内の大念仏堂(狂言堂)で、もと壬生郷士の人々によって行われる郷土色あふれた素朴な無言劇(パントマイム)なのである。蕪村はその様子を、

    永き日を云はで暮るるや壬生念仏

と表現している。

 鎌倉時代に円覚上人が南北二京(今の上京下京)に四十八ヶ所の道場を設け、融通念仏をひろめ、併せて勧善懲悪・因果応報の道理を説き諭したのが始めと言い、のちに、布教のために、狂言の形式を採り入れたものである。

 狂言の曲目は能楽から取材したもの、能狂言からのもの、それに加えて壬生狂言独特のものまで三十種目があり、その中には地蔵尊の利生をあらわした宗教的なものや子供のよろこぶ修羅物もある。また、「炮烙割(ほうらくわり)」は上演中毎日序曲として上演されている。それでは、この曲から始めて他に代表的ないくつかの曲目に触れてみよう。

−壱− 炮烙割 人物:炮烙売、羯鼓売(かっこうり)、目代(もくだい)、

   あらすじ、

 目代(役人)が新しく市を開くため、「一番に店を出した者は免税とする」という立札を立てて去る。そこへをを商う羯鼓売が申込みに来たが、無人なので一寝入りする。次に炮烙売が来て立札を見るが、羯鼓売に気付き、寝ている隙に自分の炮烙(素焼土鍋)と羯鼓をすり替えて、一番乗りを騙し取ろうと企むが、目覚めた羯鼓売と喧嘩になる。そこに目代が現れて、二人の持ち物を調べ、これを裁く。二人に芸競べをさせ、勝った方を一番乗りにすると告げる。炮烙売はなんとかごまかして、いったんは羯鼓売が負ける。炮烙売は調子に乗って、沢山の炮烙を並べて開店準備である。突然物陰から羯鼓売が現われ、これらの炮烙を木端微塵にしてしまう。結局、目代は羯鼓売に税金免除立札を与え、一同退場する。

   仕草(炮烙割り)

 この狂言は毎年四月の春の壬生狂言、9日間の公開中、毎日の序曲として演じられる。京都では2月の節分に壬生寺に参詣し、炮烙を境内で求め、寺に奉納するという風習が古くからある。この奉納された炮烙を、狂言で割る事によって奉納者は厄除開運が得られるのである。

 この狂言の見どころは、なんといっても、炮烙を落として割る場面であろう。積み上げられた多数の炮烙が豪快になだれを打って落ちて行くさまはまさに圧巻である。

   囃子(「ながし」)

 壬生狂言は昔から「壬生さんのカンデンデン」と愛称で親しまれている。カンはかねを表わし、デンデンは太鼓を表している。この基本のリズムである、「カンデンデン」が、「ながし」と呼ばれるものである。

 この炮烙割は、「ながし」が中心になっている。

−貮−  花折 人物:住持、僧、旦那、供、

   あらすじ、

 若い僧が住持に日傘をさしかけて出てくる。寺には桜が満開で、住持は僧に、「この花折るべからず」という禁札を枝につけさせ、花見客を寺に入れないよう命じて外出する。僧が番をしているところへ、供を連れた旦那が花見にやってくる。供は寺に入れてくれるように頼むが、僧は許さない。仕方なく門前に毛氈を敷いて酒宴を始める。すると、酒好きの僧は塀越しに酒を盗み飲み、供に縛られる。しかし二人を寺内で花見をさせることを条件に許される。

 そこで酒好きな僧も加わって、どんちゃんさわぎ、僧は悪酔いして倒れてしまう。旦那は供に花の枝を折らせ,帰ってしまった。寺に帰った住持はこの有様に激怒、僧を杖で叩きながら追い出して行く。

   仕草(酒宴の遊び芸)

 この狂言は、破戒僧の酒の戒めを説いたものであるが、観客が、破戒僧に妙に親しみをもってしまう一因は、その独特な仮面にあるといえるだろう。この仮面はどう見ても偉い高僧には見えないが、大悪人でもない。今にも笑いを催しそうな愛嬌のある顔つきである。この仮面は江戸後期の画家、伊藤若冲(じゃくちゅう)の奉納したものという。

 初めはなんとか酒を盗み飲もうとする僧と、これを懲らしめようとする供なのだが、宴が酣になると妙に仲がよくなる。特に酒宴の遊び芸が面白い。先ず狐拳(きつねけん:じゃんけん)をして負けた方が酒を飲む。次に箒を三味線に、桝を卓に見立てて浄瑠璃を謡う。最後は盃を傘に、箒を傘の柄に見立て、太夫道中のまねをする。それぞれ見事な表現である。

−参−  蟹殿(かにどん):子蟹、鋏、栗、臼、親猿、女猿(めんざる)、赤猿、子猿数匹、

   あらすじ、

 蟹の親子が柿の実を採ろうとするが、木に登れない。そこへやってきた親猿に採るように頼む。親猿は熟したものは自分で食べ、親蟹に渋柿を投げつけて殺す。子蟹はたいそう悲しみ、仇討ちを誓う。やがて、成長した子蟹は「日本一の吉備団子」を腰につけ、猿が島を目ざして旅立つ。途中、鋏に出会い、団子を半分与えて家来にする。栗や臼も家来に加わる。

 猿が島にやって来た一行は斬り込んで子猿らを退治するが、親猿がいない。そこで鋏は猿の棲家の入口に、栗は火鉢の中へ、臼は天井で待ち受ける。子蟹は親猿と闘い、親猿は逃げようとするところを栗がはじけ、鋏がはさみ、臼が押しつぶして遂に討ち取られる。一同が祝宴を交わそうとしていると、赤猿が暴れ込んで来たので、捕らえて馬の代わりにし、子蟹がまたがって引き上げたのである。

   仕草(大念仏堂の三つの芸)

 この狂言は、おとぎ話『猿会合戦』に『桃太郎』の話を加味したもので、壬生狂言の庶民性を見せている。又、壬生寺大念仏堂ならではの三つの芸、すなわち親猿が登場する時の、「綱わたり」、臼が天井に上がる時の、「十文字の綱に乗る」、赤猿が逃げる時の、「飛び込み」が三つとも見られる唯一の演目である。

以下次回