2002.1.8
 

 平成14年健康指標プロジェクト講演会要旨

第28回(1月19日(土) 14:00〜17:00、京大会館)
食による糖尿病合併症の予防―糖尿病予防とフードファクターー
食品科学の立場から

大澤 俊彦
(名古屋大学大学院生命農学研究科)
 

         
 最近、多種多様な「ポリフェノール類」の持つ機能性が注目を集めている。われわれも、ゴマ種子中に含まれるゴマリグナン類や、レモンやライムに多く含まれるエリオシトリン、さらには、インド料理に不可欠な香辛料、ターメリックに含まれるクルクミン類縁体など、フリーラジカル傷害や脂質過酸化反応の各段階に特異的な抗体を 用いた免疫化学的手法により評価を行うことにより、生活習慣病をはじめ酸化ストレスに関連した疾病予防食品開発のための基盤的研究を進めてきた。なかでも、われわれが注目したのが、糖尿病の合併症である。もちろん糖尿病の発症は血糖値の上昇が引き金となって起こる糖化タンパク質の生成の結果生じたAGEs (Advanced Glycation End Products)である。AGESsは、メイラード反応終期生成物と呼ばれ、高血糖状態が続いた結果生じた糖化タンパク質由来の蛍光を持つ生成物で、糖尿病の重要なバイオマーカーであると共に糖尿病発症にも大きく関与していると推定されている。ところが、最近、多くの研究グループにより、白内障や腎不全などの糖尿病の合併症の発症には酸化ストレスが関与しているのではないかと考えられるようになってきた。ここでは詳細は省略するが、糖自身や糖化タンパク質の生体内分解反応の結果生じた活性酸素やフリーラジカル反応の亢進が最終的に糖尿病の合併症を引き起こす、という考え方で、抗酸化食品因子がにわかに脚光を浴びるようになってきた。

 このような背景で、われわれが注目したのは、レモン中の抗酸化成分「エリオシト リン」である。エリオシトリンは、フラボノイドの一種で、レモンジュースにはビタミンCの半分程度(20mg/100ml)含まれていたが、特に、果皮の部分には10倍の濃度(200mg/100g)も含まれていた。この「エリオシトリン」の持つ様々な酸化ストレス予防効果について、吸収や代謝も含めてポッカコーポレーションのグループと重点的に研究を進めてきたが、最近、糖尿病発症モデルとして知られるストレプトゾトシン誘導糖尿病ラットで、「エリオシトリン」が強力な酸化ストレス予防機能を有することを明らかにすることができた。アメリカをはじめ、レモン生産国ではレモン ジュースを搾った残さであるレモン果皮は、廃棄物としても問題になっており、有効 利用という点からも興味ある課題であろう。

 一方、われわれはインド料理に不可欠で日本でもなじみの深い香辛料、ターメリッ クの黄色色素、クルクミンにも注目している。クルクミンについては、特にアメリカで注目を集め、皮膚がんや大腸がんの抑制効果などが報告され、また、つい最近では、このクルクミンがγ―線照射により形成される乳腺腫瘍の形成を抑制することが 明らかにされることも明らかにされている。われわれは、このクルクミンの機能性発 現に抗酸化性が大きく関与しているという仮説のもとに研究を進め、クルクミンを摂 取するとまず腸上皮細胞で還元され、強力な抗酸化性を持つテトラヒドロクルクミン に変換されたのちに脂質ラジカルを捕捉するという興味ある機構が明らかとなった。 その抑制機構については、京都大学大東教授のグループが研究を進め、発がん促進過 程で生成されたフリーラジカルの捕捉能との間に大きな相関性があることを報告している。 さらに、国立がんセンターとの共同研究の結果、テトラヒドロクルクミンがクルクミンより強い大腸がん抑制効果をもつという興味ある結果を見出している。また、最近では、この「テトラヒドロクルクミン」が強力な腎臓がん予防作用も持つのではないか、と期待されており、その機構として、テトラヒドロクルクミンの持つ強力な抗酸化性が注目を集めている。

 ところが、最近、協和発酵のグループとの共同研究の結果、糖負荷させたラットやサルで生じる白内障の発症に対して、「クルクミン」、特に、「テトラヒドロクルクミ ン」が強力な予防効果を有することを明らかにすることができた。4週齢雄SDラットの水晶体をXylose, Galactose, Glucoseなどのいずれかを含有する培地でクルクミン、テトラヒドロクルクミンの存在下で培養したところ、いずれも水晶体混濁度が有 意に減少し、その効果はテトラヒドロクルクミンの方が強力であった。しかしなが ら、ポリオール蓄積量には差がなかったことから、その機構は、アルドース還元酵素 阻害作用に基ずくのではなく、抗酸化作用による可能性が示唆された。そのような背 景の中で特に最近注目を集めているのが、第2相酵素をはじめとする抗酸化酵素誘導 作用である。われわれは、ニンニク中のアリル硫黄化合物やゴマリグナンをはじめと する香辛料や香辛野菜に高い第2相酵素誘導作用があることを見出している。我々の体に取り込まれたり、また、生体内で生成した毒性物質は肝臓でまず第1相の薬物代謝系による活性化を受け、続いての第2相で「抱合反応」とよばれる「高水溶性代謝 物」に変換され、最終的には体外へ排泄されることが知られている。詳細は省略する が、特に、われわれが注目した第2相酵素は「グルタチオンーS-トランスフェラー ゼ」で、最近、発現のメカニズムの遺伝子レベルからの解明にも成功している。この 第2相酵素の誘導には、ニンニクやワサビをはじめとするアブラナ科の香辛料や野菜 に高い効果がみられ、現在、有効成分の単離・精製を進めているが、「クルクミン」、特に「テトラヒドロクルクミン」に強力な「グルタチオンーS-トランスフェラーゼ」誘導作用があることが見出されている。

 このような研究の流れの中で、特に注目したのは、生体内のレドックス制御を正常 化することで糖尿病合併症の予防は出来ないか、というアプローチである。われわれ は、糖尿病発症モデルとして知られるストレプトゾトシン誘導糖尿病ラットに対し て、1%のグルタチオンを投与して糖尿病合併症としての腎機能障害を尿中アルブミ ン量、クレアチニン量で検討を行い、また、神経障害をTail Flick法で検討した。ま た、同時に、尿中への酸化修飾DNA(8-OH-dG)の排泄量を測定することで酸化ストレス防御能の検討を行った。その結果、グルタチオンは、いずれの系に対しても有意に抑制したことから、グルタチオン摂取により生体内のレドックス制御が正常化することによる糖尿病由来の腎機能低下や糖尿病性神経障害の抑制効果が示唆された。

 

 
 

 

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