2000.8.28
 

 平成12年健康指標プロジェクト講演会要旨

第15回 (9月16日、14時〜17時、京大会館102)
ストレスに対する神経伝達物質放出の特性
田中 正敏
(久留米大 医・薬理)
 

 

【はじめに】

 現代社会では、技術革新、高度情報化、家族制度、価値観などが加速度的に変化し ており、そのため現代はきわめてストレスの多い時代ともいえる。そのためストレス 病と呼ばれるような疾患で悩む人達が増加してきている。ストレスの問題は、ストレ ス病で悩む人にとってだけでなく、健康な人にとっても、今日的課題である。このよ うなストレス問題に対処していくための方策はいろいろあると考えられるが、ストレ ス状態における脳の変化、つまり神経伝達物質の放出の変化について明らかにしてい くことも重要な接近法であると考えられる。そのため、演者らは、神経伝達物質のひ とつであるノルアドレナリンに注目し、諸種のストレス状態におけるラットのノルア ドレナリン放出の特性について明らかにしてきた。

【ノルアドレナリン神経系】

 動物を対象としたストレス実験では、大きく分ければ、ストレス状況をどう設定す るかということと、その設定されたストレス状況における生体の変化をどのような尺 度を用いて測定するかということが問題になる。ストレス状況の設定にあたっては、 ヒトのストレスとの類似性もある程度問題になる。ストレス状態における生体の指標 として、演者らはノルアドレナリン神経活動を選んだ。ラット脳では、ノルアドレナ リン神経の細胞体は、青斑核と外側被蓋領域にクラスターを形成して存在しており、 そこから広汎な脳部位に線維を投射している。放出されたノルアドレナリンは、代謝 されて最終的にラットの場合、3-methoxy-4-hydroxy-phenylethyleneglycol sulfate (MHPG-SO4) になる。したがって、神経化学的にノルアドレナリン神経活動 の変化を知る方法として、脳各部位のノルアドレナリン含量及びMHPG-SO4含量を定量 する方法がある。さらにここ10数年来盛んに行われるようになったマイクロダイアリ ーシス法も、神経伝達物質放出のかなり直接的な指標であること、経時的変化をとら えられるという意味で有効な方法である。

【諸種のストレス状況における脳のノルアドレナリン放出】

 動物にストレスを負荷するため従来からいろいろな方法が用いられてきた。演者達 はヒトのストレスとの類似性も考慮し、ストレス状況を構成するような基本的要因に ついて検討を行ってきた。つまり、次のような要因で脳のノルアドレナリン放出がど う変化するかを検討した。

 検討された要因は、身体的ストレスと心理的ストレスの違い、同じストレッサーで あってもそれに対して自らコントロールする手段を持っているかどうかの違い、同じ ストレッサーであってもそれを予測することができるかどうかの違い、同じストレッ サーであってもそれに対して怒りの表出ができるかどうかの違い、加齢によるストレ ス反応の変化などである。

 心理的ストレスによるノルアドレナリン放出の亢進は、視床下部、扁桃核、青斑核 の3部位に限られてみられた。それに対して、身体的ストレスでは、心理的ストレス と比べてはるかに強いノルアドレナリンの放出の亢進が、これら3部位を含めた広汎 な脳部位で生じた。このように急性ストレスの結果のみをみると身体的ストレスのほ うが、心理的ストレスより生体への影響は大きい。しかし、ストレスを反復すると結 果は異なってくる。同じストレスを5日間反復したところ、身体的ストレスで生じる ノルアドレナリン放出の亢進が急激に減少するのに対して、心理的ストレスによるノ ルアドレナリン放出亢進は逆に増強される。これらの結果から考えると身体的ストレ スに比べると心理的ストレスのほうが慣れにくいように思われる。

 ストレッサーに対するコントロール可能性の課題には、3匹のラットを1組にする トリアデイックデザインが用いられた。ストレッサーをコントロールできるラット は、目の前の円盤を押すことで電気ショックを回避できるが、コントロールできない ラットはそれができない。一定の時間学習させた後の胃粘膜損傷を比較すると、コン トロールできるラットに比べてコントロールできないラットに、はるかに重篤な胃粘 膜損傷が発生していた。脳のノルアドレナリン放出の亢進は、最初の円盤押しを学習 するまでは、コントロールできるラットで著しかったが、コントロールする手段を学 習した後は、コントロールできないラットに比べて有意に減少した。

 ストレッサーの予測性に関する実験では、ストレッサーを予測できたラットのほう が、予測できないラットに比べて、胃粘膜損傷も脳のノルアドレナリン放出の亢進も 有意に小さかった。

 怒りの表出の実験では、同じストレッサーにさらされても、怒りの表出ができたラ ットの脳のノルアドレナリン放出の亢進が、ストレスから解放後50分後ではあまり 変化がネいのに、表出できなかったラットではストレスから解放後に、さらに著明な ノルアドレナリン放出の亢進が生じた。

 加齢については、高齢ラットも若年ラットも拘束ストレスに対して同じ程度の脳の ノルアドレナリン放出の亢進を生じたが、若年ラットがストレスから解放後6時間 で、ノルアドレナリン放出の亢進からも血漿コルチコステロン含量の増加からも回復 するのに対して、高齢ラットでは24時間後でも両方とも回復していなかった。この ように、たとえストレス反応は同じように生じても、回復が遅れるのが加齢のひとつ の特色と考えられる。

【ストレスによるノルアドレナリン放出亢進の意義】

 拘束ストレスでは、広汎な脳のノルアドレナリン放出亢進が生じるとともに、その 際ラットは鳴き声、もがき、脱糞などの情動反応を示す。そこで演者らは、これらの ストレスで生じる脳のノルアドレナリン放出の亢進が、不安の発現と関連していると いう仮説を立てた。この仮説の検証のため、これらのストレスで生じる脳のノルアド レナリン放出の亢進及び情動反応を、ベンゾジアゼピン系の代表的抗不安薬であるジ アゼパムが緩和するか、また臨床的に抗不安作用があることで知られるモルヒネある いはオピオイドペプチドが、同じようにこれらのストレス反応を緩和するか、かなり 純粋に情動要因のみが関与すると考えられるストレス状況で、脳のノルアドレナリン 放出の亢進が生じるか、逆に広汎な脳部位でノルアドレナリン放出の亢進を引き起こ し、ヒトでも不安を惹起することが報告されているヨヒンビンが、動物の不安関連行 動を増強するか、ヒトで不安を引き起こすことで知られるベンゾジアゼピン受容体の 逆作用薬により、脳のノルアドレナリン放出の亢進が生じるかといったことについて 検討を行った。その結果、視床下部、扁桃核、青斑核のノルアドレナリン放出の亢進 が、不安の発現と密接に関与していることが示唆された。またベンゾジアゼピン系抗 不安薬は、ベンゾジアゼピン受容体/GABAA受容体/クロール・イオン・チャネル 複合体のベンゾジアゼピン受容体に結合し、これらの脳部位におけるノルアドレナリ ン放出の亢進を減弱させることで、その抗不安効果を一部現していることを示唆し た。

【おわりに】

 その他にマイクロダイアアリーシス法による検討から、ストレス状況にははっきり としたONとOFFがあるが、神経伝達物質の放出にはそれほど明確なONとOFF がないことなどが明らかになった。これらについて当日は述べる予定である

 

 
 

 

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