2000.5.31
 

 平成12年健康指標プロジェクト講演会要旨

第14回 (6月17日、14時〜17時、京大会館102)
医療とユーモアー
柏木 哲夫
(大阪大学大学院人間科学研究科教授、
淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)
 

 

 心身症の治療法は時代とともに変遷を遂げている。導入されたもので、現在も多くの人々によって、日常臨床の場で実施されているものもあれば、一時騒がれはしたが、いつの間にかすたれてしまったものまでさまざまである。「新版心身医学」(末松弘行編、1994年、朝倉書店)には実に35種類の治療法が記載されている。

 ただでさえ多い治療法に、また新しく一つを付け加えるつもりはないが、最近アメリカで注目されているユーモア・セラピーについて述べてみたい。心身症の治療にも応用できるかもしれないと思うからである。

 日経サイエンス(1998年7月号、136ページ)に今年1月31日に開かれた「米国ユーモア・セラピー学会」のことが紹介されている。開会式には医師、心理学者、ソーシャルワーカー、ナースなどに混じって、赤い鼻をつけた道化師たちも参加したという。彼らは病気の子供たちや時には大人たちを慰めるために病院で働いている。

 このユーモア療法学会では、ユーモアが免疫機能を高めることを証明した様々な研究結果が報告された。例えばBittmanはコメディアンのショーのビデオを見て笑った学生のグループと静かな部屋でじっと座っていた学生のグループの血液検査をし、笑ったグループでは免疫グロブリンの増加とNK細胞の数の増加を報告した。小児や青年期の若者の治療をしているCopansは、ユーモアは、注意深く用いれば、人間関係の構築に有効であることを指摘した。

 笑いは健康に良いと、昔から経験的に言われてきたが、最近では笑いの効用を科学的に証明できるようになった。それと同時にユーモアや笑いを病気の治療に役立てようとする動きが出てきた。ユーモア・セラピー学会はその好例である。日本においても1995年に「日本笑い学会」(会長は井上宏関西大教授)が誕生し、「笑いを考えることは、人間を全体的に考えることである」との基本概念をもって活動している。

 医療や看護に従事するスタッフがユーモアのセンスを持っていることは非常に重要であると私は思っている。上智大学のデーケン先生は「ユーモアとは愛の現実的な表現である」と言っておられる。素晴らしいユーモアの定義である。

 最近ニュージーランドの4個所のホスピスを訪れる機会があった。その時感じたのはホスピスで働いているスタッフのhospitality とユーモアのセンスである。オークランドのセント・ジョセフ・ホスピスのシスターは少し固くなっている我々訪問者をリラックスさせようと思ったに違いないが、次のようにいった。「このホスピスはもともと産科病棟だったのですが、改造してホスピスにしました。coming ward からgoing ward になったのです」と。訪問者の約半分は笑った。赤ちゃんがやって来る(coming ) 病棟(ward)から、患者さんが行ってしまう(going ) 病棟(ward)になったという意味である。

 心身症は患者も治療者もともすれば固く構えやすい。患者の治療に、治療者の精神衛生にユーモアを導入することを考えてみてはどうだろう。

 

 
 

 

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