第19回『いのち科学』例会 レジメ
鳥の歌から脳の仕組みを探る
京都大学生命科学研究科・医学研究科
渡邉 大鳥類は、およそ9000種に分類され、その約半数がスズメ目スズメ亜目に属する鳴禽(songbird)である。スズメ、ヒバリ、ウグイスなど、いわゆる小鳥はこれに属し、それぞれ特有の歌(song)を囀る。小鳥の歌は、同種であっても全く同じ歌をうたうことは無く、さらに個体差以外にも地域差があることが古くから知られている。京都大学の川村多実ニは、現在のように音声を正確に解析する機器が無かったにも関わらず、ヒヨドリの歌が、京都御所では「ピーユ ピー」、東山高台寺では「ピンク ピーユ」、白浜では「ピー ツンカ ツンカ」という具合に地域ごとに異なると報告している。このような歌の地域差の研究から、これがヒトの言語同様、後天的に音声を学習するために生じる「方言」であることが明らかにされた。小鳥は生後の発達の過程で成鳥の歌い方を記憶し、これを模倣して正常な歌を獲得する。
模倣学習は、経験により得た知識やスキルを次の世代へ伝達するために重要な脳の機能である。日本語の「学ぶ(まなぶ)」と「真似る(まねる)」が同源であることが示すように、ヒトの「学習」は、「模倣」と密接に結びついている。模倣することで意思伝達の手段である言語を学び、さらに楽器の演奏やスポーツなどに要求される高度なスキルも習得することができる。生存に必要な情報を次の世代へ伝達する手段である遺伝子の機能について、20世紀後半から今日に至るまで、膨大な知見が得られてきた。一方、生存に有用な知恵や技術を次の世代へ伝えるために重要な模倣学習のメカニズムについて多くは不明である。小鳥は、実験室の中でも、自然の中と同じように、成鳥の歌を真似て歌を学習する。このことから模倣学習の神経機構を研究するための魅力的なモデルシステムと考えられる。小鳥の歌の研究が我々の脳の仕組みを理解する上でどのように役立つか、お話ししたい。