第47回「いのちの科学」例会 (終了)
(原則として非公開:連絡を頂ければオブザーバで参加できます)
日 時:2013年6月16日(土)14:00〜
場 所:パストゥールビル5階 会議室((公財)体質研究会)
14:00〜15:00 委員会
15:00〜17過ぎ 話題提供話題提供者: 堀道雄(京都大学教授)
「水生動物の左右性とその動態」要旨:一般的に「利き」または「左右性」は人間および一部の哺乳類の特性と考えられてきた。しかし、20年前に私が見つけたアフリカのある習性の魚の生態を発端として、この通念が必ずしも正しくないことが明らかになってきた。すなわち、魚類にも個体ごとに右利きと左利きがあり、それは体形にも右型と左型として現れ、個体群中では概ね1:1の種内二型として存在し、その二型は捕食-被食関係を通じて動的に維持されている。ここでは、私の発見した魚類の左右性とその群集内の動態をお話し、さらに水中を活発に泳ぐ無脊椎動物にも同様の左右性が存在することを紹介する。
タンガニイカ湖には他の魚の鱗を剥ぎ取って餌とするスケールイータ(鱗食魚)と呼ばれる魚が生息する。この魚は個体ごとに口が右か左かに捻れて開く。それは獲物の後方から忍び寄ってその体側から鱗を剥がすときに都合のよい形質と考えられる。そして右型の個体は必ず獲物の右から、左型は左から襲撃する。この左右性は遺伝形質であり、集団中の比率は1:1を中心に数年周期で振動している。この二型が維持されているのは、被食者が多数派の利きの鱗食魚を警戒することで少数派が有利となるからである。この発見は野外集団での頻度依存的な淘汰圧による多型の維持機構の典型例とされ、生態学や進化学の教科書でも取り上げられた。
しかし、その後、全ての魚類がこの左右性という形質を共有していることが分かってきた。そこで群集中での左右性の在り方を知るために、タンガニイカ湖の特定の岩礁域で過去18年間、毎年1回、群集の構成種約50種をサンプリングして、個体群の左右性の比率を追跡した。その結果、全魚種で左右性の比率は0.5を中心に0.3-0.7の間を数年周期で振動していた。この振動を引き起こし、左右性という二型を維持している機構は、やはり捕食被食関係を介した頻度依存淘汰と考えられる。ただし、その頻度依存淘汰を生じさせているのは被食者の警戒の切り替えではなく、警戒または逃走能力について個体ごとに右か左かの得意な体側(利き)をもつことであると考えられる。これを確かめるために、タンガニイカ湖産の魚食魚5種のサンプルを解剖し、胃から出てくる小魚の利きとそれを食べた魚食者の利きとの対応関係を調べた。その結果、これら魚食者は自分と同じ利きの小魚を逆の利きのものより有意に多く食べていることが分かった。この「交差捕食の卓越」と呼んだ現象が一般的であるなら、集団中の左右性は動的に維持されることになる。なお、数種の魚では、左右性が遺伝形質であることも確かめられている。
さらに、こうした左右性は、魚類にとどまらず、エビやイカなど水中を活発に活動するさまざまな動物にも見出され、やはり捕食-被食関係を通じて維持されているようである。今回の話題提供では、こうした水生動物の左右性の動態と起源についても紹介する。
「環境と健康」26巻4号に掲載予定
出席者9:ルスターホルツ、小川、清水、今西、小西、奈倉、栗原、山岸、内海
客員3:佐野、小林、鈴木(公財)