3. ハイパーサーミアは何故効くのか。
従来の考え方と新しい見方。


 がん治療の原則はどんな治療法でも同じで、正常細胞とがん細胞或いは正常組織とがん組織(腫瘍)とを区別してそのうち後者だけを選択的に排除することです。これは外科手術でも放射線療法、化学療法でも変わりません。最近遺伝子治療ということが言われていますが、何時も問題になるのがこの区別がうまくつくかどうかという点です。免疫療法は免疫ということ自身が異物を排除する機構ですから、がん治療でも大いに期待されるわけです。ところが治療の実情はどうでしょうか。

 手術では肉眼的にこの両者を区別します。しかし細胞レベルの区別は出来ません。放射線は初め正常細胞とがん細胞とで感受性が違うのではないかと期待されましたが、その後の研究でそのような差は認められず、丁度外科と同じように肉眼的な線量分布を正確にすることでがん組織だけを照射する努力が行われています。化学療法ではこの区別が不十分なために患者は副作用に悩まなければなりません。最近ようやく一部のがんに対して極めて特異的な抗がん剤が出来ましたが、それが今後にどんな問題をはらんでいるか、については「今月のトピックス:5月号」をご参照ください。

 この点でハイパーサーミアは極めて優れています。がんが腫瘍を作ればそこは血流が十分でなく酸素不足で乳酸が作られ酸性にかたむきます。一般に細胞は環境が酸性になるほど温度感受性が高くなり死に易くなります。また前にも述べたように血流が少ないと温度も上がり易いのです。放射線やある種の制癌剤は細胞のDNAに傷をつけますが、細胞自身はこれを可也の程度修復することが出来ます。ところが42℃以上になるとこの修復が働かなくなり細胞が死に易くなります。すなわち温熱には増感作用があるということです。

 細胞レベルでもがん細胞は正常細胞に比べて熱に弱いということが示されています。これらの細胞をばらばらにして熱を加えたときには差がありませんが、生体内で組織を作るように互いに接触させると、正常細胞は大変熱抵抗性になります。これには細胞間の密な連絡が役立っているものと考えられます*1。がんは悪性度が進むほど細胞間の連絡が悪くなるだけではなく、分裂もしばしば異常になりますが、がん細胞の分裂機構は熱に弱く、従ってがん細胞は熱にはますます弱くなると考えられます*2。また短期間の温熱抵抗性は生じますが、制癌剤の場合のように抵抗性のために無効になるというようなことはありません。従って何度でも繰り返して治療が可能です。

 このように従来からハイパーサーミアががん治療法として優れたものであることは明らかでしたが、最近その作用機構の研究が進むとともにその特徴が一層明らかになってきました。その第一は、加温方法と関連したものです。前にも述べましたように、部位加温の場合には、腫瘍局所の温熱による殺細胞効果の他に、周辺正常組織の適度の加温による免疫能の亢進が認められます。これはがん治療にとって意味のあることと考えられます。第二は温熱の作用機構に関したことです。制癌剤の場合にはそれぞれの薬剤で互いに異なる特異な目標があり、全体として良い効果を期待するためにはこれらを組み合わせる必要があります。ところが43℃の温熱では細胞内の蛋白の変性を通じて細胞のほとんど総ての成分が目標になります。それらをすばやく護り耐性を作るか、変性したものをいち早く除いて新しいもので補うか、などがうまく出来るかどうかで、正常細胞とがん細胞との温熱感受性の違いが決まるものと考えられます。このように攻撃する目標が多岐にわたることが、目標の限定されている制癌剤に比べてハイパーサーミアの優れた点です。



*1:Watanabe M, Suzuki K, Kodama S, and Sugahara T (1995) Normal human cells at confluence get heat resistance by efficient accumulation of hsp72 in nucleus. Carcinogenesis 16: 2373-2380.
*2: Nakahata K, Miyakoda M, Suzuki K, Kodama S, and Watanabe M (in press) Heat shock induces centrosomal dysfunction and causes non-apoptotic catastrophe in human tumor cells. Int. J. Hyperthermia.

 

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