放射線医学総合研究所 放射線防護研究センター
規制科学総合研究グループ 神田玲子
私達は普通に生活していても、様々な変異原(DNAや染色体に変化を引き起こす作用を持つ物質)にさらされているため、たえず体内の細胞のDNAは傷つけられています。生物は、進化の過程で、このDNAについた傷を効率よく治す仕組みを持つようになりました。そのため、変異原によるDNAの傷のほとんどは元通りに修復されますが、中には修復に失敗して、細胞が死んでしまったり、がんになったりすることがあります。
放射線もその変異原の一つです。顕微鏡で見ることが出来る染色体は、DNAが組み紐のように折りたたまれたものです。放射線によって切断された染色体もほとんどは修復されますが、修復失敗のために異常な染色体が形成されることがあります。この異常な染色体は、細胞が当たった放射線が多ければ多いほど、たくさん作られることになります。
染色体異常の頻度を調べることによって、その人の体がどの程度変異原に傷つけられているかがわかりますし、将来的には、がんや白血病になるリスクの推定にも利用できるようになるかもしれません。がん疾患と染色体異常の関係を調べる時にはがん組織の染色体を、胎児の染色体を調べる時には羊水細胞の染色体を調べますが、上記の目的では、血液のリンパ球の染色体を調べることが一般的です。
日本の自然放射線レベルは、世界平均よりもやや低いレベルですが、逆に自然放射線レベルが世界平均より高いところもあります。イランラムサール地方、インドのケララ地方などがその代表選手です。私たちは、中国の研究所と共同で、中国南部の広東省揚江にある高自然放射線地域住民のリンパ球染色体を解析しました。この地域の建物のレンガにはトリウム232やウラン238といった放射性元素が含まれており、ここで生活している人は対照地域(放射線レベルは通常であり、それ以外の条件が高自然放射線地域とできるだけ同じ地域を設定)の3-5倍の放射線を浴びています。ほとんどの住民はこの地域に6世代以上住み続けていますが、がんの死亡率が高いといったことはありません。しかしリンパ球の染色体を解析したところ、成人では高自然放射線地域住民は対照地域の人より染色体異常の頻度が高いことがわかりました。また観察される異常染色体の種類と頻度から、放射線よりも放射線以外の変異原(タバコや化学物質、活性酸素など)によって引き起こされた染色体異常の方が多いこともわかりました。
浴びた放射線の量が増えると染色体異常も増える現象を利用して、万が一放射線被ばくした時(あるいはその可能性がある時)には、血液中のリンパ球の染色体を調べることによって、被ばくした量(あるいは被ばくしたかどうか)を知ることが出来ます。1999年9月30日に茨城県東海村で起った臨界事故では、JCO作業員や周辺の住民、救急作業に当たった消防士らの血液中リンパ球の染色体異常を分析し、被ばく量や被ばくの有無を調べました。こうした事例についてご紹介します。
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3.自然放射線と染色体異常