2008.9.1

   
 
科学の前線散策
 
 
21.アルツハイマー病を巡る悲喜こもごものニュース

菅 原  努


 

 

 アルツハイマー病はご承知のように認知症の一つで最近我が国でも増加していると言われています。最近の新聞報道(8 月 26 日付け)ではイギリスのサッチャー元首相も同病とかで、ご主人の亡くなったのも忘れているとか。そこで世界中をあげてこれの治療法が研究されています。最近の国際医学誌Lancet(Vol.372)に、それについて悲観的な論文(p.216)と希望の持てる論文(p.207)が掲載され注目を集めています。私は残念ながら未だそのオリジナルを手にしていないのですが、Nature やNew Scientist の記事からそのことを知りました。後者についてはインターネットでも紹介されています。

  先ず前者ですが、この病気はかねてから脳細胞にタンパクの断片アミロイドβ(A β)が沈着しそれが原因で脳細胞が死滅するのが原因とする説が有力視されています。そこでイギリスのSouthampton 大学の Holmes らはこのA βに対する抗体をつくり、それで臨床試験でA βの沈着を減らそうと試みたのです。残念ながらその結果は思わしくなく、投与例でたまたま剖検できたものではA βの沈着は減少しているようでしたが認知障害は変わらず、それを防ぐにはよほど早期に抗体を投与しなければならない、という結論になりました。

 これに対してもう一つの研究は大変希望を持たせるものです。アメリカのBaylor 医科大学のDoody らが行った二重盲検臨床試験の結果です。彼らはかつてロシアで抗ヒスタミン剤として使われていたDimebon という薬と偽薬を 120 人の患者で比較しました。6 ケ月と 1 年の投与の後に記憶、思考、日常生活の活動、行動などを比較したのです。偽薬群では検査の成績は低下したのに、投与群では統計的に有意な改善が見られたというのです。今までアルツハイマー病で改善が見られたという薬はありませんので、これは画期的なことです。ただ問題はどうして効いたのか、全く分かっていないということです。この研究はロシアで行われたもので、今後の研究の発展が期待されます。

 既存の薬にどうして注目したのかも、私には関心があります。古い薬に新しい効果を認めるのは、最近ではサリドマイドが多発性骨髄腫に対する効果が認められた例がありますが、どうゆう機会にそのようなことが見つけられたのか、温熱療法で臨床家が直接の抗腫瘍効果だけでなく新しく免疫亢進やQOL 向上などを見出されたのを見てきた私には大変関心があります。私はこれをいつも臨床家の慧眼と尊敬を込めて紹介しています。

 

David M.Holtzman:Moving towards a vaccine.  Nature 454:418-420, 2008.

Mixed results for Alzheimer's In Brief  New Scientist 26 July 2008, p.16.

科学ニュースあらかると「記事:アルツハイマー病の為の有望な薬が出てきた」08年7月18日
http://www.mypress.jp/v2_writers/beep/story/?story_id=1753491