肥満した糖尿病患者に十二指腸をバイパスして胃と小腸とを繋ぐ手術をすると、98 %の患者で術後数週間には糖尿病が治り、それは体重減少より先に見られる、という報告です。
イタリア、ブラジル、フランスの外科医のチームが2 型糖尿病(成人型)の正常から軽度肥満の患者7 人に同様の十二指腸バイパス手術をして同じような効果が見られるかを研究しました。9 ケ月後にこのうち 2 例で糖尿病治療が要らなくなりました。残りの 5 例については未だ分かりません。この 2 例では術後血糖値が著明に改善されました。この機構についてこの研究のメンバーの一人ローマのカソリック大学のFrancesco Rubino は、十二指腸がインシュリン抵抗性のシグナルに関与していて、このシグナルがなくなるとインシュリン抵抗性が起こらず糖尿病も治るのではないか、と言っています。胃潰瘍や胃がんのために胃と小腸とを結び結果的に十二指腸バイパスを受けた患者では血糖値が不安定になることが知られていますが、これも血糖のコントロールへの十二指腸の役割を示唆していると言えるでしょう。
Rubino によると、同様の手術が、メキシコ、ペルー、インドなどで行われているが、その結果は公表されていません。同じ手術の治験がこれらの国のほか、中国、日本、米国、イタリー、ベルギーなどで進行中とのことです。米国内分泌学会長は、これは興味のある方法だが未だ長期の観察が必要だと言い、英国糖尿病協会のTracy Kelly は 2 型糖尿病の治療と予防には先ず食餌指導と運動が必要だと強調しています。
以上は昨年の 9 月のNew Scientist の記事によるものですが、最近のScience にこの治療法はアメリカで始められ、さらに広がりつつあることが記されています。始めたのは 1980 年で、ノースカロライナ州グリーンヴィルにあるEast Caroline 大学医学部の内分泌外科医Walter Pories が始め、1995 年には過去 14 年間に手術をした 146 例を追跡調査をし、121 例(83 %)が糖尿病から開放されたと報告しているのです。しかし、それが一般に認められるにはさらに 10 年が必要で、その後増加し、2007 年には 12 万人がこの手術を受けたと推定されています。それとともにその機構についての研究も進められています。
但し、外科手術なので 0.1−2 %の死亡率があるのが問題ですが、糖尿病そのものもリスクの高いものですから、一概に否定は出来ません。そこで最近米国のNIH のガイドラインではこの手術はBMI が少なくとも 35(BMI は 18.5−25 が正常)以上の患者について考慮するべきだとしています。でも昨年のローマでの学会では参加者の 78 %がこれを 30 にさげることに賛成したそうです。
残念ながら我が国ではどのような状況にあるか、私は知りません。ただ私には思いがけない治療法なので、珍しく思って紹介しました。また科学雑誌による紹介の仕方にもそれぞれのお国自慢が仄見えるのも、面白いと思いました。
Alberto Vasconcelos: Could surgery spell the end of diabetes?
New Scientists 1 September 2007 p.12
News Focus: Bypassing Medicine to Treat Diabetes by Jennifer Couzin. Science 320:438-440,2008、25 April.
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