2008.1.1

 
 
科学の前線散策
 
 
13. がんと免疫再訪

菅 原  努


 

 

 2007 年の末尾を飾った科学ニュースは、何と言っても山中伸弥京大教授(再生医科学研究所)のヒト皮膚細胞からの万能幹細胞の作成だったでしょう。私は同じ実験をマウス細胞で成功されたときに Nature に出た「ホームランか?」という記事をコピーして部屋に掲示して、その後の発展を期待してまっていましたので、「すごい」と感心した次第です。

 私の特に関連するがん治療の分野で 2007 年末に発表され、2008 年に展開の期待されるものの一つはがん免疫の再検討ではないかと思います。体内にがん細胞が出来ても、それは免疫機構で抑えられてなかなか臨床的ながんにまでは発達できない、という免疫サーベイランスという考えがありました。でもこれは理屈で本当にその通りかというとどうも実証に乏しかったのではないでしょうか。Nature の 2007 年 12 月 6 日号に発表された Koebel 他のマウスの腫瘍の成長と免疫に関する論文1)が注目されています2,3)

 この研究では近交系マウスに発癌剤のメチルコラントトレンを注射して 200 から 230 日観察します。この間に腫瘍を作ってそれが発達したものは除外して観察を続けると小さな腫瘤が出来るがそのまま大きくなりません。そこに免疫細胞に対する抗体かインターフェロンγを中和する処理をすると、腫瘍が急に大きくなり、動物を殺してしまう、というものです。

 これは正に最近注目されている Tumor Dormancy(腫瘍を寝かしておく)に相当するものです。また放射線や抗がん剤などで免疫を落とすことの危険を示唆しています。その意味で、この研究が注目されたことは、これからのがん治療において免疫が重視される糸口になればと思います。

 

註:

1)C.M.Koebel et al.:Adaptive immunity maintains occult cancer in an equibilubrium state. Nature 450:903-907, 2007.

2)C.J.M.Melief:Immune pact with the enemy. News & Views, Nature 450:803-804, 2007.

3)A.Coghian:Learning to live(quite healthy)with tumours. This Week, New Scientist 24 November 2007, p.10.(こちらでは主任研究者のR.D.Schreiber の名前での紹介です)