2007.11.1

 
 
科学の前線散策
 
 
11. 紫外線中毒

菅 原  努


 

 

 紫外線で中毒するとは一体どういうことですか、と思うでしょう。日本語の中毒という言葉には異なった二つの意味があります。一つは一酸化炭素中毒のように急性毒性のことを言います。もう一つはアルコール中毒やモルヒネ中毒のように飲みだすと止められなくなる状態のことです。英語では前者はイントキシケイション intoxication、後者はアデイクション addiction と区別しています。さて本題の紫外線中毒ですが、このうちの後者のようなことが紫外線で起こるか、というのが今回の課題です。

 西洋人の間では、紫外線にこんがりと焼けた皮膚は、結構好まれるようです。時間とお金のある人は、「一寸マイアミで休暇を過ごしてきたのよ」というのは、確かにうらやましいような話です。でもマイアミまで行かなくてもニュ−ヨークにいても、日焼けサロンに行けば適当に皮膚を焼くことができます。でも紫外線は皮膚には有害で皺やしみはもとより、皮膚ガンのリスクも考えねばなりません。そこでどうしても強い紫外線にさらされる時には、帽子をかぶったり、紫外線よけのクリームを塗ったりして日焼けの予防をするように薦められている筈です。

 ところが、昨年のアメリカの皮膚科学の雑誌に、紫外線中毒があるのではないかと、いう論文が発表されたのです。Sarah Zeller 博士は 1,275 名の思春期の人たちにアンケートをとりました。その結果は沢山の人が日焼けサロンは一度やると止められなくなるようで、それはまさに中毒というのにふさわしい、と結論しました。しかし、Steven Feldman 博士は、これだけでは信用できないと考え、次のような実験をしました。同じような日焼けブースを二つ用意し、その片方だけに本当の紫外線装置をつけて、黙ってそれに次々に入れてみました。日焼け常習者だけにその違いが分かり、本当に紫外線を受けたときだけ、本当にくつろぎを感じたと言います。Feldman 博士はさらに紫外線の麻薬的な効果の可能性を考え、日焼け常習者に麻薬拮抗剤を投与して日焼けを続けさせてみました。そうすると彼らは普通の人に見られない禁断症状が見られたのです。これは正に中毒です。

 その後分子レベルの研究も進んでいます。それは有名な雑誌 Cell にこの 3 月に発表されたものです。それによるとこの反応には細胞防護でよく知られた p53 という遺伝子が関与しており、皮膚の細胞が紫外線を受けるとこの p53 が活性化され、メラニン色素を作る信号を出すとともに、ベータエンドルフィンという快適物質を作るようになるのです。でもおかしいですね、p53 は細胞障害に対して発がんなどを防ぐ守護神であるはずなのに、快適物質を出してもっと危険な紫外線に当たるようにするとは。

このなぞは次のように考えたらどうでしょうか。古く人類がヨロッパ大陸を北へ進んで行ったときに、太陽の光は弱く紫外線が不足してきました。そこで皮膚の白い人たちが生き残って来ました。同時にそこでは、気持ちが良いのですすんで紫外線を受けるような人々が進化で生き残った。これがこの論文の著者 Rutao Cui 博士らの見解です。するとこれは普段紫外線を十分に受けている我々日本人には、そのままは当てはまらないかも知れませんね。その点を解明する新しい研究の進展を期待します。またこの反応に p53 が関与しているとすれば、p53 に働くことが知られている制がん剤の 5-FU やX 線でも極少量であれば同様のことが起こっているかも知れません。Cui 博士は少量の 5-FU で皮膚の色素増加がおこると言っています。でも X 線ではどうですかね。